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コラム

最新の気候科学をおさらい ~IPCC第6次評価報告書の概要(前編)~

11/6からエジプトにて気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)が開催されています。1.5℃目標にまだ足りない各国排出削減目標をどう引き上げるか、一方でタイムリミットが迫り削減の実行段階に移っていかねばなりません。また既に大きな被害が出ている気候災害等の悪影響にどう適応し、避けられない損失と損害にどう対応していくか。課題は山積みです。議論のベースとなる共通認識は最新の気候科学です。そこで今回と次回の2回に分け、昨年2021年から順次、気候変動に関する政府間パネル(IPCC: Intergovernmental Panel on Climate Change)から発表されている第6次評価報告書(AR6)のポイントをおさらいしたいと思います。   ■IPCCとは IPCCは世界気象機関(WMO)及び国連環境計画(UNEP)により設立された政府間組織であり、各国政府の気候変動に関する政策に科学的な基礎を与えることを目的としています。AR6は1990年第1次報告書(AR1)から始まる報告書の最新版であり、2013-2014年に公表された第5次報告書(AR5)に続く7年ぶりの更新となりました。IPCCは自然科学的根拠をテーマとするWG1、影響・適応・脆弱性をテーマとするWG2、気候変動の緩和をテーマとするWG3の3つの作業部会で構成されており、それぞれテーマに沿って報告書を執筆しています。   ■第6次評価報告書(AR6)のポイント① ~気候は現在どうなっているのか?今後どうなるのか?~  まず、人間活動による温暖化には「疑う余地がない」と断言されています。産業革命前から現在までの昇温はほぼ人間活動が寄与していることが示されています。世界平均気温は産業革命前(1850-1900年)と比べて2011-2020年で1.09℃上昇しました。これは過去10万年間を見ても前例のない上昇であるといいます。海面水位は1901-2018年の間に約0.20m上昇、北極の海氷は1979-1988 年と 2010-2019 年との間で海氷の少ない9月は約40%減少、海氷の多い3月は約10%減少しています。 AR6では将来の社会の発展と大気中の温室効果ガスの濃度の状況を仮定した5つのシナリオを使って気候の将来予測を行っています。それによると、世界平均気温は産業革命前と比べ今世紀末(2081-2100年)に最善のシナリオで1.0-1.8℃、最悪のシナリオで3.3-5.7℃上昇します。北極域では世界平均の2倍の速度で気温上昇が進みます。温暖化が0.5℃進むごとに高温や大雨、干ばつ等の極端現象の強度と頻度が明らかに増加します。50年に1度の極端な高温の発生は産業革命前と比べ現在(1℃の温暖化)は4.8倍、将来1.5℃の温暖化で8.6倍、2℃の温暖化で13.9倍、4℃の温暖化で39.2倍です。世界平均海面水位は2100年までに最善のシナリオで0.28-0.55m、最悪のシナリオで0.63-1.01m上昇します。但し氷河の不安定化の状況によっては最大2mの上昇となる可能性も排除できず、さらに2100年以降も上昇は続き2300年には15mを超える可能性も排除できないといいます。北極海の海氷は中間~最悪のシナリオで2050年までに1回以上、9月に海氷のない状態になると予想されています。降水量は2100年までに最善のシナリオで0-5%、最悪のシナリオで1-13 %増加すると予測されています。   ■第6次評価報告書(AR6)のポイント② ~気候変動がもたらす影響は?~ 人為起源の気候変動は極端現象(極端な高温、強い降水、干ばつ、火災の発生しやすい気象条件など)の頻度と強度の増加を伴って、自然と人間に対して広い範囲で悪影響を及ぼし、それに関する損失と損害を引き起こしています。観測されている生態系への影響としては生物季節学的な時期の変化だけではなく、極端な暑さによる生息域の移動や数百の種の局所的喪失、大量死の増加があります。人間への影響としては水不足と食料生産(農業・家畜・漁業)への影響、健康と福祉への影響(感染症・暑熱/栄養不良・メンタルヘルス・強制移住)、都市/居住地/インフラへの影響(内水や沿岸域の洪水/暴風雨による損害・インフラへの損害・経済への損害)があります。気候変動に対する脆弱性(影響の受けやすさ)は地域間及び地域内で大幅に異なっています。現在約33-36億人が気候変動に対して非常に脆弱な状況下で生活しています。また種の大部分が気候変動に対して脆弱です。  温暖化は1.5℃に達しつつあり気候災害の増加は不可避で自然や人間は既にリスクにさらされています。2040年までの短期的なリスクとして、森林並びにコンブ及び海藻、北極域の海氷及び陸域並びに暖水性サンゴ礁において生物多様性喪失の高いリスクがあります。また、継続的かつ加速的な海面水位上昇により沿岸域の居住地やインフラが侵食される高いリスクがあります。2040年より先の中長期では127 の主要なリスクが特定されており、それらの影響は現在観測されている影響の数倍までの大きさになります。例えば陸域の生態系での絶滅リスクは1.5℃の温暖化で3~14%の種で非常に高くなり、これは2℃で3~18%、3℃で3~29%、5℃で3~48%に上昇します。     【参考】 IPCC AR6 WG1報告書 政策決定者向け要約(SPM)暫定訳(2022年5月12日版) https://www.data.jma.go.jp/cpdinfo/ipcc/ar6/index.html IPCC AR6 WG2報告書「政策決定者向け要約」環境省による暫定訳【2022年3月18日時点】 https://www.env.go.jp/earth/ipcc/6th/ JCCCA IPCC第6次評価報告書 https://www.jccca.org/global-warming/trend-world/ipcc6

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食品ロス・廃棄と気候変動・脱炭素化の状況と動向

 気候変動・脱炭素化への動きがずいぶん加速してきました。その大きなファクトとなる食品ロス削減の取り組みも進み始めています。あらためて食品ロス・廃棄と気候変動の関係性を整理し、地域での取り組みが広がっていけばと願います。食品ロスの取り組みはわが国でも省庁横断的に相互に連携しながら推進されています。最近の情報についてご覧いただければと思います。(※1~3)   ■食料ロス・廃棄が気候変動に及ぼす影響/FAO  2018年FAOが発表したレポートによると、世界では生産された食料の3分の1が 生産過程で失われたり、消費段階で廃棄されたりしていると推定されています。食料ロス・廃棄の問題は、単に食料の供給量を減らすだけでなく、生産過程で排出される温室効果ガスを増やすことで気候変動の要因にもなっていると報告されています。  FAOの推定では、世界で人の消費向けに生産された食料の約3分の1が生産過程で失われたり、消費段階で廃棄されたりしており、その量は年間約13億トンにのぼるとのことです。食料の非可食部を計上すると、生産されても消費されずに終わる食料と副産物は年間16億トンにのぼり、環境、社会、経済に深刻かつ広範囲な影響を及ぼしているとされました。食料のロス・廃棄は、生産から家庭消費に至るまで、フードシステム全段階の課題で、世界の食料生産・供給システムにおける非効率性や制約に加え、持続的でない消費パターンが原因と指摘されました。生産過程で排出される温室効果ガスを増やすことで気候変動の要因にもなっているということです。  人に消費されない食料から排出されるGHGは、二酸化炭素(CO2)換算で年間3.6Gt(ギガトン)と推定され、加えて、関連する土地利用・土地利用変化および林業部門活動の結果として、CO2 換算で0.8GtのGHGも排出されます。  前述のように世界の食料ロス・廃棄は気候変動の大きな要因のひとつとなっており、人的活動に起因する世界のGHG排出量の約8%を占めています。この排出量を一国にまとめると、中国(10.7Gt)と米国(6.3Gt)に次いで第3位(4.4Gt)の排出源に位置づけられます。決して少なくない排出源となっています。(※4)   ■脱炭素に向けたライフスタイルに関する基礎資料/環境省  2021年2月環境省から「脱炭素に向けたライフスタイルに関する基礎資料」が公表されました。2030年までに「全国でできるだけ多くの脱炭素ドミノ」を起こし、2050年には「脱炭素で、かつ持続可能で強靭な活力ある地域社会を実現」が骨子です。  「CO2排出の約6割が、衣食住を中心とするライフスタイルに起因で、一人当たり年間7.6t-CO2排出(2017年)しており、国民一人ひとりのアクションが不可欠。」と示されました。  「食」に関する取り組みでは、生産・加工・流通・調理・消費・ 廃棄の食糧システム全体において、GHG総排出量の8~10%をしめる「食品ロス及び廃棄物」と農業分野の「肥料の使用に伴い排出される温室効果ガス」をファクトとして取り上げています。今後の方向性の参考になる事例も紹介されています(※5)   ■食生活に関する世論調査/農林水産省  内閣府において実施した「食生活に関する世論調査」の結果が、令和3年1月に公表されました。この中で、食品ロスについて、「賞味期限と消費期限の違いの認知度」、「⼩売店における⽋品に対する意識」、「食品ロス削減に取り組む小売店における購入に対する意識」等を調査しました。調査結果では、食品ロス削減に取り組む小売店の食品を「購入しようと思う」消費者が4割、「どちらかといえば購入しようと思う」も含めると約9割などの結果となりました。  結果概要から「賞味期限と消費期限の違いの認知度」で「知っていた」との回答割合87.5%、「言葉は知っていたが、違いは知らなかった」との回答割合9.3%、「知らなかった」との回答割合が1.5%というがわかりました。  他に、小売店における欠品に対する意識として「仕方ないと思う」との回答割合が74.9%、「不満に思う」との回答割合24.7%ということがわかりました。  小売店における欠品に「不満に思う」と答えた者(486人)に、食品ロスにならないよう在庫を抱えないために食品に欠品が生じていた場合に、どのように思うか聞いたところ、「仕方ないと思う」との回答割合57.0%、「不満に思う」との回答割合42.2%ということがわかりました。  食品ロス削減に取り組む小売店が扱う食品を購入しようと思うか聞いたところ、「購入しようと思う」との回答割合が86.4%、「購入しようと思わない」との回答割合12.6%ということがわかりました。(※6)   【参考】 ※1 消費者庁 めざせ食品ロスゼロ ※2 農林水産省 食品ロス・食品リサイクル ※3 環境省 食品ロスポータルサイト ※4 FAO(国際連合食糧農業機関) 世界の農林水産 Spring 2018 No.850 ※5 内閣官房 国・地方脱炭素実現会議の議事 ※6 農林水産省 食生活に関する世論調査における食品ロス削減に関する調査結果

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温室効果ガス排出量「2050年ネットゼロ」へ

 2020年10月26日、菅総理大臣による総理就任後初めての所信表明演説の中で、「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにし、カーボンニュートラルを目指す」ことを宣言し、大きな話題となりました。  細かい要件などは後述しますが、ここで言う「カーボンニュートラル」は、化石燃料の燃焼など人為的な温暖化ガス排出量に対し、人為的な森林吸収量の増大やCCSなどによる除去量を差し引いて全体としてゼロにすることを意味します。また、同様の意味で用いられる表現として「ネットゼロ(正味ゼロ)」「実質ゼロ」「脱炭素」などがあります。  日本政府はこれまで、2016年5月に閣議決定した「地球温暖化対策計画」に基づき、2050年までに温室効果ガス排出量を80%削減する長期目標を掲げてきました。一方で、2016年10月に公表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の「1.5℃特別報告書」では、気候変動を1.5℃未満に抑えるためには、2050年頃に世界の温室効果ガス排出量をネットゼロにする必要があることが示されました。この報告書を受け、日本政府は新たに「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」を2019年6月に閣議決定し、今世紀後半のなるべく早い段階で脱炭素を目指すことを掲げましたが、同戦略においては、具体的な目標年は示されませんでした。従って、今回の菅総理大臣による「2050年カーボンニュートラル宣言」は、日本の気候変動対策の方向性をより明確にし、その取組を着実に一歩前進させたものといえます。  また、全国の自治体においても、「2050年二酸化炭素排出実質ゼロ」を表明する動きが広がっています。2020年11月3日時点で、これを表明した自治体は169(23都道府県、91市、2特別区、43町、10村)となり、これらの自治体人口の合計は日本の総人口の半数を超える8,013万人にものぼります。  一方、世界では既に121カ国・1地域が、2050年ネットゼロを政策目標に掲げており、これらの国における世界全体の温室効果ガス排出量に占める割合は約18%になります(「気候変動に関する国際情勢」(2020年10月 経済産業省))。また、今月のアメリカ大統領選挙で当選確実が報じられたバイデン氏も2050年ネットゼロを公約に掲げており、もし今後アメリカが宣言をした場合、2050年ネットゼロにコミットする国は、世界の温室効果ガス排出量の約3分の1を占めることとなります。  また、企業版2℃目標と呼ばれるSBT(Science Based Targets)は、IPCCの1.5℃特別報告書を受けてより高いハードルが設けられ、現在は1.5℃水準での目標設定がトレンドとなっています。2020年11月現在でSBTに参加する企業(2年以内に目標設定をコミットする企業を含む)は世界全体で1,000を超え、さらにその先の2050年ネットゼロを長期目標に見据える企業も増えています。2019年9月には、国連グローバル・コンパクト、SBTイニシアチブ、We Mean Businessの呼びかけによる、世界の平均気温の上昇を、産業革命以前と比べ1.5℃に抑え、2050年のネットゼロを目指す国際的なキャンペーン「Business Ambition For 1.5℃」がスタートし、グローバル企業を中心に300社以上が賛同を表明しています(弊社も2020年10月に賛同表明)。  「ネットゼロ」や「カーボンニュートラル」という言葉は、前述したとおり、大まかには人為的な温暖化ガス排出量に対し森林吸収などによる除去量を差し引いて全体としてゼロにすることを指しますが、これまで国や企業によりその使われ方や意味合いが異なることもあり、共通の細かい定義などはありませんでした。こうしたことから、現在、SBTイニシアチブにおいて、新たにネットゼロの定義が整理されつつあります。詳細は2021年に示されることとなっていますが、現時点で公表されているCDPの資料によると、ネットゼロは、「1.5°Cの経路に沿ってバリューチェーンの温室効果ガス排出量を削減し、残りのGHG排出の影響については適切な量の炭素除去を行うことで達成される」とされています。つまり、まずは1.5℃水準の傾きで自社のScope1,2,3を削減しつつ、ゼロにできない分をCCS/CCUSなどのネガティブエミッション技術や植林などで除去するという考え方です。また、カーボン・オフセットや削減貢献量、REDD+などは自社のバリューチェーン外での取組であるため、SBTの削減には考慮されませんが、追加的にこれらを行うことは推奨されており、ネットゼロにおけるオフセットの位置づけや要件なども整理されつつあります。  企業が国際的な水準でネットゼロやカーボンニュートラルに取り組むうえでは、今後SBTイニシアチブから示される定義を踏まえ、ガイダンス等に従って取組を進めることが重要になると考えられます。   【参考】 環境省 「地球温暖化対策計画」(2016年5月) 環境省 「パリ協定に基づく成長戦略としての長期戦略」(2019年6月) 環境省 地方公共団体における2050年二酸化炭素排出実質ゼロ表明の状況 経済産業省 「気候変動に関する国際情勢」「第2回 グリーンイノベーション戦略推進会議」資料(2020年10月) CDP 「1.5℃を目指す企業:SBTと2050年までのネットゼロを目指して」オンラインセミナー資料(2020年6月)  CDP 「ネットゼロとSCOPE3」オンラインセミナー資料(2020年10月)  

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カーボンニュートラル社会の実現のために ~注目集まるCO2除去等のカーボンネガティブ技術~

 近年、パリ協定と同じレベルのCO2削減目標としてSBT(Science Based Targets)を設定する企業が増加しています。パリ協定で各国は気温上昇を2℃を十分下回る水準に抑制し、1.5℃に抑える努力目標に合意しています。ただ、昨今は2018年にIPCCの特別報告書『1.5℃の地球温暖化』が発表され、気温上昇を1.5℃に抑える必要性が求められてきています。2℃目標では、2050年までに2010年比約40~70%削減、今世紀後半(2075年頃)に実質ゼロとする内容ですが、1.5℃目標では2030年までに45%削減、2050年頃に実質ゼロとする削減シナリオとなります。企業活動から排出されるCO2についても同レベルの削減目標が求められてきており、より早期に排出ゼロとなるような野心的な目標が求められています。  このパリ協定で求められる“実質ゼロ”とは、人為的な温室効果ガス排出量を人為的な吸収量(除去量)をバランスさせることを言います。温室効果ガスには二酸化炭素(CO2)や一酸化二窒素(N2O)、メタン(CH4)等がありますが、CO2が大気中に最も多く存在し地球温暖化への影響が大きいとされています。特に人為起源のCO2排出量(化石燃料の燃焼やセメント製造等で排出するCO2)は、森林や海洋等が自然に吸収するCO2量を超えて排出されつづけ、大気中に蓄積されています。そのため、この人為的なCO2排出量をなくすことが重要になります。その社会を実現するために、企業活動でも実質排出ゼロ“カーボンニュートラル”を目指す企業が現れてきています。  一般的に、カーボンニュートラルとは、“炭素が中立”つまり二酸化炭素の排出量と吸収量が同量になっていることをいいます。森林等のバイオマス資源は、成長過程においてCO2を吸収し炭素を固定化しているので、燃焼時にCO2を排出したとしてもプラスマイナスゼロ、つまりカーボンニュートラルという考え方をします。地球温暖化の要因として、温室効果ガスが大気中に放出することが問題であり、地中等に貯留されている状態であれば地球温暖化を防止できます。そうした意味でも植物での固定化や人工的な炭素貯留技術等はCO2を“除去”する手法として注目を集めています。  今、世界的なトップ企業でもこのカーボンニュートラルに取組む企業が増加しています。  イギリスBP社(大手石油会社)は、2020年2月に事業全体におけるCO2排出量を2050年までに実質ゼロにすると発表しました。  また武田薬品工業は、新たなカーボンニュートラル宣言で、2040年までに事業活動におけるGHG排出量(Scope1、およびScope2)を全て削減しカーボンニュートラルを達成する目標をたてました。さらに自社だけでなく、サプライヤーと協力してScope3の排出量を50%削減し、認証済みのクレジット等を使用してバリューチェーン全体でもGHG排出をゼロにする目標を発表しました。  またマイクロソフトでは、2030年までに「カーボンネガティブ」の達成を宣言しました。具体的には、事業から排出されるCO2排出量を50%まで削減、残りのCO2排出量と同量以上のCO2排出量を“除去”することにより、実質的に排出をマイナスにするというものです。さらに野心的な目標として2050年には創業の1975年以来のScope1,2に相当するCO2排出量を除去するということも宣言しています。この達成のために10億ドルをCO2除去技術等に拠出すると発表しています。  このCO2の“除去”とは、大気中に排出された空気中のCO2を取り除くことを意味しており、“ネガティブエミッション技術(NET)”と呼ばれています。上述の人為的なCO2吸収量(除去)に関する技術です。具体的には、植林等やBECCS(炭素の回収・貯留付きのバイオマス発電)、化学薬品等により直接大気中のCO2を回収すること等が含まれます。中でも、直接大気からCO2を回収する技術は「DAC(Direct Air Capture)」と呼ばれ注目を集めています。世界的には1t当たりの回収にかかる費用が500~600ドル(日本円で約5~6万円/t)とコストが課題ですが、1tあたり1万円程度を目指して技術開発が進められています。日本ではCCS(炭素の回収・貯留)だけでなくCO2を資源として利用していくというカーボンリサイクルに力を入れており、2019年6月には経済産業省から「カーボンリサイクル技術ロードマップ」も発表されています。  このように、カーボンニュートラルの達成にはまだ発展途上の革新的な先進技術等が必要であり、こうした技術は現在も日々進歩しています。そのため、何をもって“カーボンニュートラル”とするかの定義もさまざまです。  現在、国際的な排出量の情報開示では、この実質ゼロの定義を進め、企業向けガイダンスを開発しています。中でもCO2除去量については、SBT等の目標達成に利用可能となる可能性もあります。そうなれば、よりCO2除去技術(森林吸収、除去技術(CCS,DAC)等)は注目を浴びる成長産業になる可能性があります。  一方、国際的なルール整備に注目が集まりますが、日本国内には従来から“カーボンニュートラル認証”という認証制度もあります。この制度は2012年に環境省がつくったカーボン・オフセット制度のひとつであり、現在は民間に移行して第三者認証プログラムとして運営されています。同プログラムでは、企業の事業活動(Scope1,2)にかかる排出量を全量埋め合わせてカーボンニュートラルを達成します。埋め合わせの手段は国内の認証されたクレジットであり、森林吸収、再エネ、省エネ等のクレジットが活用できます。こうした認証制度を活用することも、自社がニュートラル企業であると宣言する一つの手段になり得ます。  脱炭素、カーボンニュートラルな社会の実現に向け、企業のさまざまな取組みやネガティブエミッション技術の進展が期待されますが、もう一つ大事なのが私たちのライフスタイルの変革です。2020年1月に、IGES(公益財団法人地球環境戦略研究機関)から「1.5℃ライフスタイル‐脱炭素型の暮らしを実現する選択肢-(日本語要約版)」というレポートが出されました。このレポートの中では私たちの暮らしの中での一人あたりのカーボンフットプリントが評価され、1.5℃目標達成にはどの分野(移動、食料、住居等)からどれくらい減らさないといけないか、という評価がなされています。現在の私たちの暮らしのホットスポット(排出量が多い分野)として、肉食、車移動、家電製品といった具体的な内容が分かるとともに、ライフスタイルの大幅な変更が必要となることを定量的に評価しています。同時に、ネガティブエミッション技術が将来的にどの程度導入されるかで、目標とする一人当たりのカーボンフットプリントに大幅な影響があることを前提としながらも、不確実性の高い技術に頼る戦略のリスクも示唆しています。  企業は事業経営の脱炭素化をどう実現するか、その価値を消費者に提供するか、また消費者は自分たちの行動をどう変えていかなければいけなのか、本来は両輪で取り組む必要がある問題です。企業が脱炭素に取組むためのインフラの整備は必要であり、CO2除去といった革新的技術も必要な一方で、負荷が高い生活様式を見直すことも重要な要素なのです。   (参考) ■気象庁HP 海洋の炭素循環 ■BP社プレスリリース ■日経ESG 2020年6月号 ■武田薬品工業株式会社 WEBサイト 環境への取り組み ■経済産業省 カーボンリサイクル技術ロードマップ 令和元年6月 ■国立研究開発法人科学技術振興機構 低炭素社会戦略センター 二酸化炭素の Direct Air Capture (DAC)法のコストと評価 令和2年2月 ■CDP 1.5℃を目指す企業:SBTと2050年までのネットゼロを目指して資料(2020年6月) ■CDP TOWARDS A SCIENCE-BASED APPROACH TO CLIMATE NEUTRALITY IN THE CORPORATE SECTOR(2019年9月) ■IGES(公益財団法人地球環境戦略研究機関) 1.5℃ライフスタイル‐脱炭素型の暮らしを実現する選択肢-(日本語要約版)  

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中小企業向けの新たなSBT認定の申請ルートについて

 2020年4月15日、SBTi(Science Based Targets initiative)は、中小企業向けに、新たな申請ルートを導入しました。これにより、目標検証の手順が簡素化し、認定までに要する時間が短縮化されます。またスコープ3の目標設定については「排出量の把握」と「削減の取組」は求められますが、具体的な定量化は求められないため、申請にかかる負担が軽減されます。  SBTに参加する企業は世界全体で年々増加し、現在は883 社(2020年6月5日現在)まで拡⼤しています。また、日本企業の取組は2018年度以降、拡大を続け、2019年度は23社が認定を取得し、認定企業数ではアメリカに次いで世界2位となっています。認定企業には、スコープ3排出量の削減を目標に掲げる企業が含まれます。スコープ3はバリューチェーン全体で生み出されるため、このような企業はサプライヤーに対し排出量削減に取り組むことを期待します。すでに日本企業の中でもスコープ3サプライヤーエンゲージメント目標を設定し、サプライヤーに対し削減目標を持つことを求める企業が出てきています。  そんな中、SBTiはリソースが限られる中小企業に大きな負担をかけることなく、バリューチェーンでの排出量削減について検討することができるよう、これまでより簡素化された手順で申請できる新たな申請手ルートを設けました。これまでなかなか着手に至らなかった中小企業にとってチャンスです!  今回は、新たな申請ルートについて、通常の申請との違いや申請手順等についてご紹介いたします。   【対象】 従業員が500人未満の非子会社の独立企業   【特徴(通常申請との違い)】 ・コミットする最初のステップと通常の目標検証プロセスを省略。  →新しい申請書の提出のみでコミット~検証~認定~SBTiウェブサイトでの公表まで自動的に完了できる。 ・スコープ3排出量の定量的な目標設定を要求しない。ただし、スコープ3排出量の把握と削減に取り組む必要がある。 ・料金の割引→1,000米ドル+税(通常4,950米ドル+税)   【申請】 <申請書類> Science Based Targets Call to Action Target-Setting Letter for Small and Medium-Sized Enterprises Ver.1.0   【申請手順】  1、申請書作成  2、申請書に記載がある契約条件を確認し署名する  3、事務局へPDF形式で提出    提出先 [email protected].  4、請求書を受領後、支払(1,000米ドル+税/一回)   【スケジュール】 ・中小企業は7/15以降は通常の申請は不可(※)   申請書のダウンロード、申請に関する詳細は、以下のURLよりご確認いただけます。 https://sciencebasedtargets.org/step-by-step-guide/   ※ 大企業は通常の申請のみ適用。(※なお通常の申請書については4月に一部更新あり。詳細は以下を参照。) https://sciencebasedtargets.org/step-by-step-guide/   <参考> SBTi https://sciencebasedtargets.org/faqs-for-smes/ WWF https://wwf.panda.org/?362371/Small-medium-businesses-science-based-climate-targets

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CO2削減量算定の考え方 ~オンライン会議によるCO2削減効果はどう定量化できる?~

新型コロナウイルスの感染拡大を受け、在宅勤務を取り入れている企業も多いのではないかと思います。すると増えるのは社内メンバーや社外の方とのオンラインでの打合せです。弊社でも頻繁に行うようになりましたが、ウィルス対策としてだけではなく、紙資料の準備が不要であったり、移動が不要だったりと、CO2削減の効果も期待できるのではないかと思います。そこで今回は、「オンライン会議によるCO2削減効果」を題材に、CO2削減量算定の大まかな流れ、考え方をご紹介したいと思います。   ステップ1 目的を設定する なぜCO2削減量を算定するのか、目的(算定結果の使い道等)を整理します。 CO2削減量の算定は、概算から詳細まで、様々なレベル(精度・粒度等)で実施できます。目的を整理することは、算定のレベルを決定する上で不可欠です。 今回は、目的を「オンライン会議によるCO2削減効果を定量的に把握し、サービスのPRに活用する」と設定し、外部への公開に足るレベルでの算定を目指すこととしました。   ステップ2 ベースライン(比較対象)を設定する 削減量を計算するためには、評価対象(今回の例ではオンライン会議)に加えて、比較対象(本来はどうしていたか)の設定が必要です。これを「ベースライン」と呼んでいます。 今回は「訪問による会議」をベースラインとして設定します。 CO2削減量=ベースラインの排出量-評価対象の排出量 の式で計算できます。 「評価対象の排出量」は削減策が実施された後の排出量です。今回の例ではオンライン会議による排出量です。 「ベースラインの排出量」は、削減策が実施されなかった場合に想定される排出量です。今回の例では、同じ会議を訪問形式で実施した場合に想定される排出量です。   ステップ3 評価対象とベースラインのシナリオを設定する 一口にオンライン会議といっても様々な規模、方法があります。排出量を計算するためには、具体的に条件設定をしていく必要があります。これを「シナリオ設定」と呼んでいます。 今回は以下のように設定しました。 評価対象のシナリオ: 参加者5人が自宅からパソコンを使用してオンラインで参加。1時間開催。資料(A4サイズ5枚カラー)は事前にメール送付 ベースラインのシナリオ: 参加者5人が自宅から会議開催場所まで移動し、実施。1時間開催。資料は人数分をカラー印刷   ステップ4 定量化の範囲を設定する 設定したシナリオを基に、ライフサイクル(原料調達→生産→流通・販売→使用・維持→廃棄・リサイクル)ごとにCO2が発生する「排出源」を整理していきます。また、整理した排出源のうち、定量化の範囲に含めるもの(排出量算定の対象範囲とするもの)を特定します。極力全体を網羅する必要がありますが、算定目的を考慮した上で、主要な排出でない、排出量全体に与える影響が小さい等といった理由で定量化の範囲から外すことも可能です。 今回は以下のように整理しました。 評価対象の定量化の範囲:参加者のパソコン使用1時間 ベースラインの定量化の範囲:参加者の移動、配布資料用の紙・印刷、配布資料の廃棄   ステップ5 活動量を収集、排出原単位を設定して、排出量を計算 評価対象、ベースラインそれぞれにおいて、定量化の範囲とした排出源ごとに、活動量(使用量等)を収集し、排出係数(使用量1単位あたりで発生するCO2排出量)を設定して、活動量×排出係数の計算式で排出量を計算します。 例えば、評価対象の排出源「参加者のパソコン使用1時間」は以下の通り計算できます。 活動量:パソコンの電力使用量(kWh)=パソコンの消費電力×1時間×5人 排出係数:電力の排出係数(kg-CO2/kwh) パソコン使用の排出量=パソコンの電力使用量×電力の排出係数   ステップ6 ベースライン排出量-評価対象排出量で削減量を計算 ステップ5で排出源ごとに排出量を計算した後、評価対象・ベースラインごとに排出量を集計していきます。ベースラインの排出量の集計値から評価対象の排出量の集計値をマイナスした結果がCO2削減量となります。 評価対象の排出量=パソコン使用の排出量 ベースラインの排出量=参加者の移動に伴う排出量+配布資料の紙の調達・印刷に伴う排出量+配布資料の廃棄の排出量 オンライン会議によるCO2削減量=ベースラインの排出量-評価対象の排出量   ステップ7 コミュニケーション方法を決定する CO2削減量の計算ができたら、その伝え方を決定します。 例えば以下のようなコミュニケーションができます。 「従来の訪問による会議から、オンラインによる会議に変更することで、会議1回当たり〇g₋CO2のCO2が削減できます」 この時、算定において行った条件設定(シナリオ設定)の内容を合わせて明記することが大切です。   以上、削減量算定について大まかなイメージを持っていただけたでしょうか? CO2削減量算定にあたっての疑問・相談など、お気軽にお問い合わせください。

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CO2削減と炭素税

 国際通貨基金(IMF)は報告書『財務モニター』(※1)の中で、CO2排出量削減の最も強力で効率的な手段に「炭素税」を挙げています。パリ協定の目標達成のためには、従来の地球温暖化への取り組みでは不十分であり、思い切った切った政策措置が必要であると主張しています。 今回は、迫るパリ協定の本格始動に向け、世界の脱炭素化が加速する中、導入が拡大する炭素税について取り上げます。    炭素税とは、温室効果ガス排出量に対して均一の価格を付ける経済的手法であるカーボンプライシングの一種です。炭素に価格を付けることで、温室効果ガスの費用を見える化し、排出者が温室効果ガスの費用を意識して行動するよう促すことを目的としています。 カーボンプライシングには排出される炭素に対しトン当たりの価格が付される「明示的カーボンプライシング」と、炭素排出量ではなくエネルギー消費量に対して課税する「暗示的炭素価格」があります。また、明示的カーボンプライシングは、炭素税と排出量取引制度に分けられます。 排出量取引制度が多量排出事業者を中心に確実な排出削減を求める一方、炭素税は家計も含む小規模の主体に対してまで幅広く、炭素価格を提示することで各自の行動変容を促し、その結果、排出削減に繋がると考えられます。    炭素税が「効率的な手段」と言われるのは、費用効率面においてです。 炭素税の下では、温室効果ガス排出による費用が公平に見える化されるので、各主体は炭素税による負担(炭素価格)と比較しながら、それよりも費用が安い対策から順に実行します。そして炭素価格よりも費用が高い対策のみが残った段階で、炭素税による負担を負うことになります。つまり、コストパフォーマンスの高い対策から順に選択し実行することで、社会全体の削減コストが最小化されるので費用効率的な手段と言えます。こうしたことから、気候変動対策と経済成長の両立が図れる手段として期待されています。 各国でパリ協定の削減目標の達成が求められる中、低コストでこれを実現するという観点がより重視されるようになり、世界では欧米諸国を中心にカーボンプライシングの導入が進んでいます。2019年4月時点で、46か国と28の地域で明示的カーボンプライシングが導入されています。また、NDCs(※2)提出国のうち半数以上がその中でカーボンプライシングの導入・検討に言及しています。    2010年代よりアジアでも排出量取制度を中心に導入が進んでいますが、シンガポールでは今年1月から炭素税が導入されました(※3)。 課税対象は、年間25,000トン以上の事業者で、温室効果ガス排出量に対して1トンあたり5ドルが課税されます。ただしこの税率は2019年~2023年までの間です。シンガポール政府は2023年までに税率を見直し、2030年までに温室効果ガス排出量1トンあたり10ドル~15ドルに引き上げる計画を説明しています。  最近は民間企業や投資家などからもカーボンプライシングの導入を求める声があがっています。例えば2017年には、アディダス、アリアンツ、H&M、フィリップス、ユニリーバなどの世界の大企業54社が各国政府に対し導入の提言を発表しています。    では日本はどのような状況なのでしょうか? 2012年に、暗示的炭素価格に該当する「地球温暖化対策のための税(温対税)」が導入され、全化石燃料に対してCO2排出量に応じ1トンあたり289円が課税されるようになりました。これは既存の「石油石炭税」に更に上乗せして支払われています。税収はエネルギー特別会計に繰り入れられ、省エネ対策や再エネ普及などのエネルギー起源CO2排出抑制対策に充当されています。ただ、諸外国の炭素税と比べると極めて低く効果も低いのが現状です。 このような状況の中、今年、環境省は2020年度の税制改正要望でカーボンプライシングの導入について初めて盛り込む方針を示しました。カーボンプライシングについては、過去にも議論されたことがありましたが産業界の反対を受け先送りされてきました。しかしパリ協定の本格運用が来年に迫っていること、ダイベストメントの動き(環境対応に消極的な企業から投資を引き揚げる)が広がる中で、産業界にも変化の兆しが出てきています。特にグローバル展開する企業を中心的に肯定的な見方へ変化しているようです。ただ、導入にあたっては既にある税制との兼ね合いや経済成長の妨げとならない仕組み作りなど課題も多くあり、導入まではまだまだ議論が必要な状況であるようです。    税収の活用方法については、カーボンプライシング・リーダーシップ連合の報告書『What Are the Options for Using Carbon Pricing Revenues』(※4)では、他税の減税、家計への還元、企業への支援、公的債務・財政赤字の削減、一般財源化、気候変動対策への投資の6つのオプションが紹介されています。例えば、カナダのBC州では炭素税収の約2/3を企業・1/3を家庭の税負担の軽減に活用、スイスでは炭素税収の一部を、医療保険会社を介して全住民に均等に再配分、アイルランドでは景気後退の際の厳しい緊縮財政の回避などに活用されています。減税や社会保険料の軽減に用いることで更なる経済成長との両立に繋がる可能性があります。    『財務モニター』では、炭素価格の世界平均は現在1トンあたり2ドルであるが、パリ協定の目標達成には2030年までに1トンあたり75ドルに引き上げることが呼び掛けられています。 この先の10年間で各国での気候変動への取り組みが大きく変わることが予測されます。 そうした影響を受け、日本国内でのカーボンプライシング導入の動きも加速するのでしょうか。引き続き動向に注目したいです。   ※1 財務モニター 2019年10月(国際通貨基金) https://www.imf.org/ja/Publications/FM/Issues/2019/09/12/fiscal-monitor-october-2019 ※2 NDC:Nationally Determined Contributions パリ協定に基づき各国が国連に提出する温室効果ガス削減に対する貢献案 ※3 National Environment Agency(Singapore) https://www.nea.gov.sg/our-services/climate-change-energy-efficiency/climate-change/carbon-tax ※4 http://pubdocs.worldbank.org/en/668851474296920877/CPLC-Use-of-Revenues-Executive-Brief-09-2016.pdf   <参考> カーボンプライシング~世界と日本の動向、環境省の取組について~ http://kyushu.env.go.jp/20191004_Niihara.pdf   「カーボンプライシングのあり方に関する検討会」取りまとめ~脱炭素社会への円滑な移行と経済・社会的課題との同時解決に向けて~(平成30年3月) https://www.env.go.jp/earth/cp_report.pdf

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スコープ1,2,3を活用したSDGsの進捗評価

 前々回のメルマガでは、SDGsの枠組みの中で気候変動分野に取り組んでいく際の取組ステップについて取り上げました。 (詳細は【業界動向】SCOPE1,2,3把握から始めるSDGs13「気候変動に具体的な対策を」の取組ご参照。) その中で、自社が気候変動へ与える影響の定量化指標としてスコープ1,2,3が活用できること、さらに取組ステップに応じて以下の二つの活用の仕方ができることをお伝えしました。 一つ目は「ステップ2:優先課題の特定」における影響評価のマッピングツールとしての活用です。スコープ1,2,3全体を漏れなく概算で把握することで、自社が気候変動へ与える影響はどれくらいか、サプライチェーンのどの部分の影響が特に大きいのかなどといった影響の全体像を見える化でき、優先課題の特定に役立ちます。 二つ目は「ステップ3:目標を設定する」における進捗評価ツールとしての活用です。全社目標を設定した後には、ステップ2で特定した優先課題分野を中心に目標を割り振り、目標達成に向けた活動を進めていかれるかと思います。その際必要なのが活動の進捗評価です。優先課題分野に範囲を絞って、より細かく、精度を上げてスコープ1,2,3を把握することで、活動の進捗をGHG排出削減量として見える化でき、定量的な評価が可能となります。 今回は二つ目の「スコープ1,2,3を活用した進捗評価」について、いくつかの具体例を挙げてイメージを持っていただけたらと思います。 業界別の気候変動対策事例がまとめられている『SDG INDUSTRY MATRIX―産業別SDG手引き―CLIMATE OPPORTUNITIES』(※1)を参考に、以下の5つの活動のスコープ1,2,3を用いた進捗評価を考えてみます。 Case1:製造等でのエネルギー効率を高める Case2:再生可能資源に由来するエネルギーの割合を増やす Case3:製造段階での使用エネルギーの少ない材料を調達する Case4:消費者によるエネルギー使用を低減する製品を考案する Case5:容器包装を減らし、リサイクルを増やす   Case1:製造等でのエネルギー効率を高める  エネルギー効率を高め、より少ない燃料や電気での製造が可能になると、温室効果ガス(GHG)排出が削減されます。 例えば、生産ラインのエネルギー効率が向上し、燃料として使用する化石燃料の量が減る場合、その効果をスコープ1(自社での燃料燃焼などによる直接排出)の削減として見える化し、進捗を評価することができます。 スコープ1排出量は以下の計算式で計算できます。   スコープ1排出量=Σ{(燃料種別の使用量)×(燃料種別の排出原単位)}   燃料種別排出原単位は、燃料1単位を燃焼した時に排出されるGHGの量です。燃料の種類によって排出原単位は異なるため、燃料の種類ごとに使用量と排出原単位を乗じて排出量を計算し、その合計値がスコープ1排出量となります。 上記式から、燃料使用量が減るとスコープ1排出量が減ることになります。   Case2:再生可能資源に由来するエネルギーの割合を増やす  太陽光や風力、水力などの再生可能エネルギーは、基本的には化石燃料を燃焼せずGHGを排出しません。 例えば、購入している電力を化石燃料由来から再エネ由来に切り替える場合、その効果をスコープ2(他者から供給される電気・熱などの間接排出)の削減として見える化し、進捗を評価することができます。 スコープ2排出量は以下の計算式で計算できます。   スコープ2排出量=Σ{(電気・熱の供給者別もしくはメニュー別使用量)×(電気・熱の供給者別もしくはメニュー別排出原単位)}   電気・熱の供給者別排出原単位は、供給者が電気や熱1単位を作るために化石燃料を燃焼することで排出されるGHGの量です。供給者によって化石燃料を使用する割合が異なるため、排出原単位も異なります。100%再エネ由来の電源で賄っている電力会社の場合、排出原単位が0であることが期待できます。(一般的に使われる電力の排出原単位として温対法の電力事業者別排出係数がありますが、排出係数の計算の際にFIT調整なども行われるため、100%再エネ由来電源でも排出原単位0ではない場合も考えられます。)電力会社によっては、再エネ由来だけで供給する再エネメニューと、化石燃料由来も含んで供給する一般メニューなど、電力メニューを分けて提供していることもあり、その場合、再エネメニューで契約していると排出原単位0が期待できます。 上記式から、再エネの使用量が増えると、排出原単位0を乗じる量が増えるため、スコープ2排出量が減ることになります。   Case3:製造段階での使用エネルギーの少ない材料を調達する  自社が調達する製品は、調達先での製造過程でエネルギーが使用されるなどしてGHGが排出されており、製造過程での排出がより小さい製品を調達することで排出が削減されます。 例えば、採取に多量のエネルギーが必要な素材が多く使われていたり、遠方から調達したりしているような製品は排出が大きいと考えられ、より身近な資源を、最小限の量を用いて作られているような製品は、排出が小さいと考えることができます。(希少鉱物vs再生可能素材、輸入品vs近隣調達品、重量vs軽量…)また、調達先工場で省エネや再エネが進んでいる場合にも排出は小さいと考えられます。 この効果をスコープ3(自社のサプライチェーン上での排出)のうちカテゴリ1(購入した製品・サービスに伴う排出)の削減として見える化し、進捗を評価することができます。 スコープ3カテゴリ1排出量は以下の計算式で計算できます。   スコープ3カテゴリ1排出量=Σ{(製品別調達量もしくは金額)×(製品別排出原単位)}   製品別排出原単位は、製品を1単位作る時に排出されるGHGの量です。様々なデータベースが整備されていますが、統計データなどから算出された全国平均値のようなものであり、省エネや再エネの取組度合いなどといったサプライヤー固有の状況を反映することはできません。また、代表的な製品のデータしかなかったり、産業分類に合わせて大きく括られてしまっていたりと、進捗を評価するのに十分な細かさや精度が得られない場合もあります。よって、優先的に排出を削減すべき主要な製品については、サプライヤーから排出原単位などの情報を入手する、LCAの考え方に基づき製品の排出量を調査するといったことをお勧めします。 最近では、SBT目標設定にあたり、サプライヤーにSBT水準の目標を持ってもらうことを自社のスコープ3削減目標とする「サプライヤーエンゲージメント目標」を持つ企業も増えています。そうしたケースにおいても、サプライヤーにおける取組の進捗を把握するとともに、自社のサプライチェーン上での削減量として報告することが可能になってくると考えられます。 上記式から、軽量化で調達量(重量)が減ったり、素材やサプライヤーの見直し、サプライヤーでの取組進捗などにより排出原単位が小さくなったりすると、スコープ3カテゴリ1排出量が減ることになります。   Case4:消費者によるエネルギー使用を低減する製品を考案する  製品が販売された後、消費者によって使用される際の燃料や電気の使用量を削減できると、GHG排出も削減されます。 例えば、家電製品の電力使用量を小さくする、シャワー製品・洗浄剤などのすすぎ時間を短くするなどが考えられます。 この効果をスコープ3のカテゴリ11(販売した製品の使用に伴う排出)排出量の削減として見える化し、進捗を評価することができます。   スコープ3カテゴリ11排出量=Σ{(製品別生涯使用回数)×(製品別報告期間の販売数)×(製品別使用1回あたりの燃料使用量)×(燃料種別排出原単位)}+ Σ{(製品別生涯使用回数)×(製品別報告期間の販売数)×(製品別使用1回あたりの電気使用量)×(電気の供給者別もしくはメニュー別排出原単位)}+ Σ{(製品別使用時のエネルギー起源CO2以外のGHG排出量)}   標準的な使用シナリオ(1回の使用でどのくらいの燃料・電気を使うか、製品寿命の間に何回くらい使われるかなど)を設定して計算していきます。また、空調のフロン漏えいなど、使用時にエネルギー起源CO2以外のGHGの排出がある場合にはそれも計算します。 上記式から、使用時の燃料・電気使用量の削減を可能とする製品を提供できると、スコープ3カテゴリ11排出量が減ることになります。   Case5:容器包装を減らし、リサイクルを増やす  製品が販売され、消費者によって使用された後、最終的に廃棄される時にも廃棄物処理に伴いGHGが排出されます。廃棄される量を減らしたり、リサイクルを促したりすることができると排出が削減されます。 例えば、容器包装を最小限にする、リサイクル可能な素材に変更する、分別を可能にしてリサイクル割合を増やす、などが考えられます。 この効果をスコープ3のカテゴリ12(販売した製品の廃棄に伴う排出)の削減として見える化し、進捗を評価することができます。 スコープ3カテゴリ12排出量は以下の計算式で計算できます。   スコープ3カテゴリ12排出量=Σ{(廃棄物種類・処理方法別量)×(廃棄物種類・処理方法別の排出原単位)}   廃棄物種類・処理方法別排出原単位は、廃棄物1単位を特定の処理方法によって処理する時に排出されるGHGの量です。紙・プラスチック・金属などといった廃棄物の種類と、焼却・埋め立て・リサイクルといった処理方法の種類によって排出原単位は異なります。リサイクルの排出量計算には様々な考え方がありますが、リサイクル準備段階までを対象とすると、基本的には焼却や埋め立てよりも排出原単位は小さくなります。 廃棄物種類・処理方法別量は製品の販売量と素材構成などから把握します。 上記式から、容器包装を最小限にして廃棄物量を減らしたり、焼却や埋め立ての量を減らしてリサイクルの量を増やしたりすると、スコープ3カテゴリ12排出量が減ることになります。      この他にも、様々な気候変動分野の活動進捗をスコープ1,2,3で見える化し定量評価することが可能です。 ご興味をお持ちの方はお気軽にお問合せください。     ※1 『SDGS INDUSTRY MATRIX―産業別SDG手引き―CLIMATE OPPORTUNITIES』(2015)国連グローバルコンパクト/KPMG作成、日本語版:グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン/KPMGあずさサステナビリティ㈱翻訳・監修 http://ungcjn.org/common/frame/plugins/fileUD/download.php?type=contents_files&p=elements_file_2911.pdf&token=d6c685b49248079f8b0117d704bd7a35047ca495&t=20190930142548

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2℃目標の達成とCCS(BECCS)技術

 パリ協定で、産業革命以前と比較して世界平均気温の上昇を2℃未満に抑える、いわゆる「2℃目標」が合意され、各国が目標達成に向け、取り組んでいます。IPCCは第5次報告書の中で、目標達成のためには、CO2排出量を今世紀の後半には世界全体でマイナスとする、ネガティブ・エミッション(炭素固定・炭素除去)シナリオを達成する必要があることを報告しています。 今回は、ネガティブ・エミッション実現に大きく貢献し得るとされるCCS技術についてご紹介いたします。    「CCS」とは、「Carbon dioxide Capture and Storage」の略で、日本語では「二酸化炭素回収・貯留」技術と呼ばれます。火力発電所等などから出る排気ガスを大気に放出せず、排ガスからCO2を分離して集め、高い圧力をかけることでCO2を地中深くの水を含んだ地層へ送り貯留するものです。この地層の上には密度が高く固い地層があるため貯留されたCO2は漏れ出さないと言われます。  CO2の隔離方法は、アルカリ性溶液にCO2を吸収させることで他の成分と分離する「化学吸収法」が多く用いられますが、多孔質の個体に吸着させたり、凝縮温度の違いによって分離する方法などもあります。 またCO2の貯留方法は、主に帯水層貯留とEOR(石油増進回収)があります。帯水層貯留は、CO2をタンカーやパイプラインで輸送して、地下の帯水層へ圧入し、貯留します。帯水層とは、粒子間の空隙が大きい砂岩等からなり、水または塩水で飽和されている地層のことです。日本での実施に当たって想定される方法です。 EORは、地下の油層にCO2を圧入する方法です。原油を圧力で押し出しつつ、CO2を地中に貯留します。石油の増産につながり投資費用の回収が期待できます。2018年現在、世界には18の大規模プロジェクトが稼働しており、その他5施設が建設中、20施設が開発段階にあります。その大半がEORです。    国際エネルギー機関(IEA)の報告書(※1)によると、「2℃⽬標」を達成するため、2060年までの累積CO2削減量の合計のうち14%をCCSが担うことが期待されています。米国、カナダ、欧州諸国の2050年に向けた長期戦略においても、各国とも削減目標達成の手段としてCCSを位置づけています。しかし「2℃目標」は、現状から見ても、達成が非常に厳しい目標であるため、その達成にはCO2排出量をマイナスにするような技術が必要とされています。その一つとしてBECCSが注目を集めています。    BECCS(Bio-energy with Carbon Capture and Storage)とは、CCSにバイオエネルギー利用を組み合わせてCO2を回収する技術です。 バイオマスを燃焼または発酵させることでCO2が排出されますが、そこに含まれる炭素は光合成で大気中から吸収したCO2なので、バイオマスを燃焼または発酵させてエネルギー利用をしても、大気中のCO2は増加しません(カーボン・ニュートラル)。さらにCCSを組み合わせることで、CO2を回収・貯留するため、CO2排出量は差し引き正味で負になり、「ネガティブ・エミッション」を達成することができます。    BECCSに用いるバイオマスとしては様々なものが利用可能です。主に、食用作物による第1世代バイオエネルギー作物(サトウキビ、トウモロコシなど)、非食用である第2世代バイオエネルギー作物(ススキ、ナンヨウアブラギリ、ポプラなど)、廃棄物(廃食用油、食品廃材、下水汚泥)、農作物の残渣(稲わら、トウモロコシの茎など)、木材及び林業での残渣、藻類(研究開発中)などがあります。バイオマスエネルギーの供給量は、将来的には増加すると考えられていますが、BECCSに利用できるバイオマス量は、食料需給との関係やエネルギー効率などの様々な要因によって制約を受けます。    現在、世界で5つのBECCSプロジェクトが稼働中です。合わせると年間約150万トンのCO2を貯留しています。 大規模(※2)プロジェクトであるイリノイCCSプロジェクトは、ADM社(Archer Daniels Midland)により米国イリノイ州Decaturにおいて実施されています。トウモロコシからエタノールを製造する工場において生じるCO2を分離し、発酵過程で回収します。回収能力は、年間100万トン。回収されたCO2はパイプラインで輸送され地下へ注入されます。 残り4つのプロジェクトは、小規模エタノール製造工場で実施されていて、大半がEORに活用されます。(Kansas Arkalon(米):回収能力200,000トン/年(EOR)、Bonanza CCS(米):回収能力100,000トン/年(EOR)、Husky Energy CO2 injection(カナダ):回収能力250トン/年(EOR)など)    BECCSの可能性への期待の一方で、課題も多くあります。例えば、バイオエネルギー大規模利用に関しては、土地利用、食糧競合などの持続可能性に関するリスクがあります。また、バイオエネルギー生成時の電力・熱等の利用や原料の収集活動によって化石燃料が消費され、CO2が発生する場合もあるため、カーボン・ニュートラルに対するライフサイクル的視点も重要となります。さらに、CCS有望貯留地選定に対する地域住民の理解や長期にわたるCO2貯留のリスクモニタリングにも留意して実施する必要があります。  また、気候変動に対し、どれだけ寄与するか不確実な部分も多くあります。GCCSI(※3)の報告書では、BECCSのような技術を排出削減努力に取って代わるものとしてではなく、あくまでもそれを補うものとして捉えるべきだと示唆されています。  従って、「まずCO2排出削減努力によりゼロ排出に近づける」ことが前提にあることを忘れず、削減努力を継続していく必要があるのだと思います。   ※1 IEA EPT(Energy Technology Perspectives)2017に基づく。 ※2 Global CCS Institute の定義によると大規模とは産業用施設で年間400,000t-CO2以上、発電施設で年間800,000t-CO2の回収と貯留があること。 ※3 Global CCS Institute:オーストラリア政府が資金を提供して設立   <参考> Global CCS Institute https://www.globalccsinstitute.com/resources/   2019 PERSPECTIVE BIOENERGY AND CARBON CAPTURE AND STORAGE(Global CCS Institute) https://www.globalccsinstitute.com/wp-content/uploads/2019/03/BECCS-Perspective_FINAL_PDF.pdf   ネガティブ・エミッションの達成にむけた全球炭素管理(国立環境研究所) https://www.nies.go.jp/kanko/news/34/34-4/34-4-04.html   II-3 ネガティブ・エミッション(国立環境研究所) http://www.nies.go.jp/ica-rus/report/detail_2014/ica-rus_report_2014_detail_negative_emission.pdf   IPCC第5次評価報告書統合報告書政策決定者向け要約(文部科学省・経済産業省・気象庁・環境省) http://www.env.go.jp/earth/ipcc/5th/pdf/ar5_syr_spmj.pdf  

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SCOPE1,2,3把握から始めるSDGs13「気候変動に具体的な対策を」の取組

  今年はSDGs実施開始から4年目に当たります。 国連グローバルコンパクトネットワークジャパン(GCNJ)と公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)が発行しているSDGs調査レポートの最新版によると、昨年2018年は国内において、大企業を中心とした民間企業等で経営層の認知度が大幅に高まり、実行のための体制づくり等にも進展が見られた、また多くの省庁でSDGs関連の取組が始動する等、「SDGs主流化へ向かい出した年」であったということです。(※1)  9月には国連ハイレベル政治フォーラムの初の首脳級会合(※2)が予定されており、ますますの盛り上がりが期待されます。  そこで今回は、SDGsへの貢献に向けて本格始動される企業等の皆様へ、弊社が考える、SCOPE1,2,3を活用したSDGs13「気候変動に具体的な対策を」達成のための取組について、ご紹介したいと思います。    前述のレポートによると、企業のSDGs取組において、取組の進捗報告と評価の方法の確立が世界共通の課題の一つとのこと。国内企業においても、定量的な指標などの評価手法がわからないことを課題と感じている企業は多いようです。  その点、気候変動(特に緩和対策)に関しては、定量化の手法が比較的確立しており、すぐに着手していただき易い分野の一つではないかと考えています。具体的には、気候変動の主要な原因である温室効果ガス(GHG)の排出量を算定報告するための国際基準「GHGプロトコル」が世界的に定着しています。さらに、GHGプロトコルに準拠する形で、2℃目標に沿った目標設定を支援するSBT(Science Based Targets:企業版2℃目標)や、CDP等の気候関連情報開示プログラム等、目標設定や報告の手法についても整備されており、SDGsの取組にあたって活用いただけるツールが比較的揃っていると言えるのではないかと思います。    以下に、弊社が考えるSDGs13への具体的取組内容を、SDG Compassの取組ステップ(※3)に沿って簡単にまとめてみたいと思います。(ステップ1と4はSDGs課題全体と共通のため割愛します。)   ステップ2:優先課題を特定する 「SCOPE1,2,3を把握して、気候変動分野の中の優先取組分野を特定する」   SDG Compassでは、バリューチェーンマッピングを用いて、自社のバリューチェーンの中でSDGs分野に与える正負の影響を把握した後、影響を定量的に評価し、優先課題を特定していく手順が示されています。  気候変動分野では、上記のSDGs課題全体のバリューチェーンマッピングに加えて、SCOPE1,2,3を活用した、気候変動分野に特化したバリューチェーンマッピングをお勧めします。SCOPE1,2,3算定の基準とするGHGプロトコルのSCOPE3基準は、SDG Compassにおいても個別ゴールに活用可能なマッピングツールの一つとして紹介されています。SCOPE3ではサプライチェーン上でGHGの排出が予想される分野を15のカテゴリに分け、それぞれにGHG排出量を算定していきます。よって、バリューチェーン上で自社が気候変動に与える影響を、漏れなく、定量的に把握することが可能となります。  その後、特に排出が大きい分野(ホットスポット)を優先的に取り組むべき分野として特定します。   ステップ3:目標を設定する 「SBTを参考にGHG排出削減目標を設定する」  SDG Compassでは、アウトサイドインアプローチを用いて、世界的・社会的なニーズに応じた意欲的な目標を設定し、それを公表することが手順として挙げられています。アウトサイドインアプローチの目標設定を支援する取組の一つとしてSBTが紹介されています。  SBTは基準年のSCOPE1,2,3をベースに目標設定をしますので、ステップ2でSCOPE1,2,3把握ができているとスムースに着手できます。  SBTレベルの全社目標を設定したら、ステップ2で特定した優先分野を中心に、目標を細分化していきます。そして、目標ごとに進捗管理が可能となる評価手法を設定します。具体的には、削減活動の成果がGHG排出削減量として現れるような、GHG排出量の算定手法を設定します。(SCOPE1,2,3算定では、算定目的に応じて様々な算定精度や算定範囲を設定します。ステップ2でバリューチェーンマッピングを行う際には、全体像を把握するために、概算でも良いので全体を漏れなく網羅した算定を行うことが大切です。一方、ステップ3で削減活動を評価する際には、より詳細の算定が必要となります。)   ステップ5:報告とコミュニケーション 「CDPやTCFDを活用して進捗を報告」  SDG Compassでは、取組の進捗状況を定期的に外部に報告すること、その際、国際的な基準に沿った報告を行うことが効果的であるとしています。課題別の国際的基準の一つとしてCDPが紹介されています。  CDPは気候変動分野で世界的に浸透している情報開示プログラムの一つです。投資家や取引先の要請を受けて回答している企業がメインですが、自主回答も可能です。また、今後はTCFD提言に沿った開示も国際的なスタンダードになっていく見込みです。    以上のステップを定期的サイクルで行っていくことで、目標への着実な進捗が可能になると考えています。そして、取組の第一歩となるのがSCOPE1,2,3の把握です。    まだ4年目とはいえ、2030年までに残された時間は11年。ぜひ取組のご参考としていただき、SDGsの実現と貴社の持続可能性価値向上に向けた一歩を踏み出していただければと思います。     ※1 詳細は、GCNJ、IGES「主流化に向かうSDGsとビジネス~日本における企業・団体の取組み現場から」(2019年2月)ご参照 ※2 各国がSDGsの取組進捗を報告する場。閣僚級は毎年、首脳級は4年に1度開催 ※3 詳細は【業界動向】企業とSDGs(3)取組手順と参考事例ご参照

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CDPサプライチェーンプログラムとは?

 今月始め、環境省がCDPサプライチェーンプログラムへの参加を表明しました。 同省が平成28年度に委託契約を行った企業などのうち、推計排出量上位100社に対して、CDPを経由して環境への取組に関する質問への回答要請がされる予定とのことです。 (平成31年2月8日環境省報道発表資料)    1月に発行されたCDP Supply Chain Report2018/19によると、CDPサプライチェーンプログラムには、世界で115社・団体がメンバーとして参加しており、115のメンバーのサプライヤーに当たる11,692社・団体に対して、質問への回答要請がされ、5,600社・団体以上から回答があったということです。 日本からは、メンバー企業として、味の素、ブリヂストン、富士通、本田技研工業、花王、三菱自動車、日産自動車、大成建設、トヨタ自動車、JTインターナショナル(日本たばこ産業の海外事業子会社)の10社が参加しています。 メンバーには、米国一般調達局などの公的機関も入っていますが、日本の公的機関としては、今回の環境省が初めてということです。    年々メンバー企業・団体が増え、それに比例して回答要請を受ける企業・団体も増えているCDPサプライチェーンプログラム。 御社に回答要請が来る日もそう遠くないかもしれません。 そこで今回のメルマガでは、CDPサプライチェーンプログラムの概要と、メンバーがプログラムに何を求めているのか、そしてサプライヤーとして回答要請に備えるためにできることは何かについて整理してみたいと思います。    CDPサプライチェーンプログラムは、国際環境NGO「CDP」が運営する環境情報開示プログラムの一つです。 CDPと言えば、CDPが投資家に代わって世界の上位企業に対し環境の取組に関する質問への回答要請を行う「投資家向けスキーム」が知られています。 サプライチェーンプログラムはこのスキームとは異なり、CDPがサプライチェーンプログラムのメンバー企業・団体に代わって、メンバーのサプライヤーに対して回答要請を行う仕組みになっています。 よって、投資家スキームでは上場している大企業が回答要請先の中心になるのに対して、サプライチェーンプログラムでは中小企業や非上場企業でも回答要請先となり得るということになります。 メンバー企業・団体は自社のサプライヤー最大500社までを選定し、サプライヤーリストとしてCDPに提出します。CDPではリストに基づきサプライヤーに対して回答要請を行い、得た回答を集約・分析してメンバー企業・団体に報告します。    サプライチェーンプログラムは気候変動・水・森林の3つの環境分野を網羅したプログラムになっており、メンバー企業・団体にて、このうちのどの分野を対象とするかを選択します。(例:気候変動のみ、気候変動と水、3つ全てなど。) 気候変動については115社のうち113社とほとんどのメンバーが対象としています。(水は42社、森林は12社) 質問の内容は、投資家スキームの各分野の質問に、サプライチェーン質問が追加されたものになっています。   気候変動のサプライチェーン質問は、「排出量のアロケーション(自社の排出量を顧客企業ごとに按分)」、「協働機会」、「製品毎の個別データ(製品のライフサイクル排出量など)」などといった項目で構成されています。 気候変動分野においては、近年サプライチェーン全体の排出量を把握し、その削減目標を設定する動きが主流になっています。 そのためには、自社による排出(Scope1,2)だけではなく、サプライチェーン上下流の排出(Scope3)(=サプライヤーの排出)も把握し、削減目標を設定していく必要があり、サプライヤーとの連携が欠かせません。 Scope3を把握するには、1.サプライヤーから自社向けの生産に伴う排出量情報を入手する、2.排出原単位という業界平均のような数値から把握する、の2つの方法があります。前者は現状ではハードルが高く、取組当初は後者の方法で把握するケースが多いです。 しかし、それではサプライヤーにおける削減努力を数値に反映することが難しく、取組が進むにつれ前者を求める傾向にあります。 サプライチェーン質問の「排出量のアロケーション」はまさしくこのニーズに応えるものになっています。 また、梱包の見直し、輸送の効率化など、サプライヤーの協力無しには排出削減が難しい分野も多くあります。質問では排出削減に向けた協働機会の提案を求めるなど、コミュニケーションツールとしても活用されています。    CDP Supply Chain Report2018/19によると、既にメンバー企業・団体のうち43%が環境への取組パフォーマンスをベースにサプライヤーの見直しを行っており、約30%が近い将来実施を検討しているとのこと。サプライヤーにとっては、環境への取組が不十分であると取引先から外されるリスクに曝される一方で、排出量を把握したり、協働による排出削減の提案を行ったりなど積極的な対応ができると、それがビジネスチャンスにつながる可能性もあります。    回答要請に備えるために、今何をしておくべきでしょうか。 気候変動分野においては、まずはScope1,2排出量の把握をお勧めします。 自社の削減努力が反映される部分であり、顧客としても最も知りたい情報の一つと言えます。 但し、燃料や電気の使用量データなどを定期的に収集・管理しておく必要があり、要請を受けた後に始めようとしてもなかなか対応が間に合いません。    今月・来月は、おそらくメンバー企業・団体にてサプライヤーリストの整理が行われている頃ではないかと思います。サプライヤーに回答要請が行くのは4月以降の見込みです。もし御社に回答要請が来たら、ぜひ前向きに取り組んでいただき、ビジネスチャンスにつなげていただければと思います。   参考文献: 「CASCADING COMMITMENTS: Driving ambitious action through supply chain engagement CDP Supply Chain Report 2018/19」   (執筆者:山本) (2019年2月27日メルマガ)

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IPCC特別報告書『1.5℃の地球温暖化』~2.0℃の先を見据えて~

 先週から国連気候変動枠組条約第24回締約国会議(COP24)がポーランドにて開催されています。 2020年のパリ協定始動に向け、運用ルールについての協議や、各国削減目標の引き上げを目的としたタラノア対話(促進的対話。情報共有を通して取組意欲の向上を目指す)が行われているということです。    それに先立ち、10月8日、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が特別報告書『1.5℃の地球温暖化』を発表しました。パリ協定では「世界平均気温上昇を産業革命前と比べ2.0℃より十分低く、1.5℃未満に抑える」という目標に合意がなされましたが、2.0℃の温暖化の影響や排出経路は前年発行のIPCC第5次報告書で明らかになっていたものの、1.5℃のそれは未知でした。そのため、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)がIPCCに報告を求めていたものです。    報告書では、温暖化の現状、1.5℃の温暖化が与える気候変動やその影響(2.0℃の場合と比較して)、1.5℃未満に抑えるための排出経路、温暖化と持続可能な開発の関係性についての研究結果がまとめられています。    まず、温暖化の現状として、世界平均気温は既に産業革命前と比較し約1.0℃上昇しており、現状のペースでは2030~2052年の間に1.5℃に到達することが予測されています。    次に、1.5℃の温暖化では、気候変動(平均気温上昇や極端な高温、豪雨・干ばつなど)やそれが与える影響・リスク(海面上昇、生物多様性損失、食糧・水リスクなど)が2.0℃の場合よりも低くなるということを複数の具体例を挙げて示しています。   【主な具体例】 ・人の居住地域での極端な高温、中緯度地域では1.5℃の場合+3.0℃、2.0℃の場合+4.0℃ ・2100年までの海面上昇は1.5℃の場合0.26~0.77mで、2.0℃の場合よりも0.1m低い  (これにより最大10,000人の海面上昇に関連するリスク回避) ・1.5℃の場合、昆虫の6%,植物の8%,脊椎動物の4%の種の生息域が半減  (2.0℃の場合、昆虫の18%,植物の16%,脊椎動物の8%の種の生息域が半減) ・夏に北極海から氷が消える頻度、1.5℃の場合100年に1回、2.0℃の場合10年に1回 ・サンゴ礁は1.5℃の場合で70~90%減少、2.0℃の場合ほぼ絶滅 ・世界の年間漁獲量、1.5℃の場合150万トン減少、2.0℃の場合300万トン減少 ・2050年までに気候関連リスクに曝され貧困の影響を受ける人々(特に発展途上国などの先住民や農業従事者など)、1.5℃の場合、2.0℃より最大数億人少なく ・気候変動による水不足に曝される世界人口、1.5℃の場合、2.0℃よりも最大50%減少 など    続いて、温暖化を1.5℃未満に抑える排出経路(オーバーシュート無しもしくは限定的※)として、2030年までに人為的CO2排出量を2010年比45%減、2050年までに実質ゼロとする必要があると報告。 (2.0℃の場合、2030年までに20%減、2075年までに実質ゼロ。) そのためには、エネルギー、土地利用、都市、インフラ(交通・建物など)、産業システムにおいて、急速で広範な移行が必要であり、具体例として、2050年までの低炭素エネルギーシェア大幅拡大(電力は2050年に70~85%再エネ化)、産業部門からの排出2050年に2010年比65~90%削減(電化、水素、バイオ由来原料・代替品利用、二酸化炭素回収・利用・貯蔵などを組み合わせて活用)などを挙げています。    現在提出されている各国削減目標では、2030年以降に大幅な削減を行ったとしても1.5℃未満に抑えることはできず、2100年までに3℃の上昇が予想されています。 オーバーシュート無し、もしくは限定的にするためには、2030年までの確実な削減が不可欠であること、それ以上のオーバーシュートは現状の課題からして達成不可能なレベルの規模と速度での二酸化炭素除去に頼らざるを得ないこと、削減が遅くなればなるほどコストが増大し、将来のオプションの柔軟性がなくなり、発展レベルの異なる国々の間での不均衡が拡大することを警告しています。    最後に、持続可能な開発との関係性について、1.5℃の温暖化の場合、2.0℃の場合よりも、持続可能な開発に対して気候変動が与える悪影響をより多く回避できるとのこと。 但し、温暖化対策には持続可能な開発とシナジー(相乗効果)があるものとトレードオフ(引き換え)となるものがあり、前者を最大化し、後者を最小化する必要があるとしています。 (例えば、エネルギー需要や材料消費を減少することは、持続可能性を高めることにもなりシナジーがあるが、吸収量を増やすための新規植林やバイオエネルギー用の農地開発は、適切な管理がされないと生態系保全や食糧確保などの持続可能性を損ねるトレードオフとなるなど。) また、持続可能な開発が、1.5℃未満を実現するための社会変革を助けることになるとも訴えます。国際協力が行われ、不平等・貧困が解決された社会の方が、温暖化対策における課題もコストも小さくなるという理由からです。    報告書はCOP24における科学的資料となり、タラノア対話に活かされることになります。 パリ合意の「1.5℃未満に抑える」という文言は、発展途上国などの温暖化の影響をより強く受ける国々の要望により追加されたと言います。 2.0℃と1.5℃、0.5℃の差が明らかにされた今、特に先進国の国々の削減目標引き上げを求める声がますます強くなることは避けられないことと考えられます。 一方、企業などの非国家主体においても、パリ協定以降、国家以上に活発な取組が行われていますが、こちらの動きにも影響を与えることが予想されます。 パリ協定レベルの削減目標を自主的に定めるScience Based Targets(SBT:科学的根拠に基づく目標・企業版2℃目標)の動きが一例ですが、現状パリ協定レベルとして採用されているのは2℃未満のシナリオです。2050年までに2010年比約40~70%削減し、今世紀後半にゼロとするイメージでしたが、これが1.5℃未満シナリオですと、2030年までに45%削減し、2050年にゼロとする大幅な前倒しが必要となります。 報告書が締約国に承認されたことを発表したIPCCのプレスリリースにおける第2作業部会共同議長デブラ・ロバーツ氏のコメント「これからの数年間はおそらく、私たちの歴史上、最も重要な時期となるでしょう。」は非常に印象的でした。私たちには2℃か1.5℃かの議論に多くの時間を割ける余裕は無く、2.0℃の先である1.5℃を見据えながら、行動を起こし始めなければならない時期が既に来ているのだと感じています。   ※オーバーシュート: ある特定の数値を超えることで、ここでは気温上昇が1.5℃を超えることを指します。 気温上昇は大気中の二酸化炭素濃度に比例しており、一度超えてしまった気温を戻すには二酸化炭素除去に頼らざるを得ないことになります。   参考文献 ・『Global Warming of 1.5℃ Summary for policymakers』(2018)IPCC(英語) ・IPCCプレスリリース「IPCC特別報告書『1.5℃の地球温暖化』の政策決定者向け要約を締約国が承認」国際連合広報センター ・『1.5℃の地球温暖化 政策決定者向け要約の概要』(2018) ・『気候変動に関する政府間パネルの第48回サマリー』(2018)公益財団法人地球環境戦略研究機関他                                                          (執筆者:山本) (2018年12月11日メルマガ)

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