Column

2019年12月

CO2削減と炭素税

 国際通貨基金(IMF)は報告書『財務モニター』(※1)の中で、CO2排出量削減の最も強力で効率的な手段に「炭素税」を挙げています。パリ協定の目標達成のためには、従来の地球温暖化への取り組みでは不十分であり、思い切った切った政策措置が必要であると主張しています。 今回は、迫るパリ協定の本格始動に向け、世界の脱炭素化が加速する中、導入が拡大する炭素税について取り上げます。    炭素税とは、温室効果ガス排出量に対して均一の価格を付ける経済的手法であるカーボンプライシングの一種です。炭素に価格を付けることで、温室効果ガスの費用を見える化し、排出者が温室効果ガスの費用を意識して行動するよう促すことを目的としています。 カーボンプライシングには排出される炭素に対しトン当たりの価格が付される「明示的カーボンプライシング」と、炭素排出量ではなくエネルギー消費量に対して課税する「暗示的炭素価格」があります。また、明示的カーボンプライシングは、炭素税と排出量取引制度に分けられます。 排出量取引制度が多量排出事業者を中心に確実な排出削減を求める一方、炭素税は家計も含む小規模の主体に対してまで幅広く、炭素価格を提示することで各自の行動変容を促し、その結果、排出削減に繋がると考えられます。    炭素税が「効率的な手段」と言われるのは、費用効率面においてです。 炭素税の下では、温室効果ガス排出による費用が公平に見える化されるので、各主体は炭素税による負担(炭素価格)と比較しながら、それよりも費用が安い対策から順に実行します。そして炭素価格よりも費用が高い対策のみが残った段階で、炭素税による負担を負うことになります。つまり、コストパフォーマンスの高い対策から順に選択し実行することで、社会全体の削減コストが最小化されるので費用効率的な手段と言えます。こうしたことから、気候変動対策と経済成長の両立が図れる手段として期待されています。 各国でパリ協定の削減目標の達成が求められる中、低コストでこれを実現するという観点がより重視されるようになり、世界では欧米諸国を中心にカーボンプライシングの導入が進んでいます。2019年4月時点で、46か国と28の地域で明示的カーボンプライシングが導入されています。また、NDCs(※2)提出国のうち半数以上がその中でカーボンプライシングの導入・検討に言及しています。    2010年代よりアジアでも排出量取制度を中心に導入が進んでいますが、シンガポールでは今年1月から炭素税が導入されました(※3)。 課税対象は、年間25,000トン以上の事業者で、温室効果ガス排出量に対して1トンあたり5ドルが課税されます。ただしこの税率は2019年~2023年までの間です。シンガポール政府は2023年までに税率を見直し、2030年までに温室効果ガス排出量1トンあたり10ドル~15ドルに引き上げる計画を説明しています。  最近は民間企業や投資家などからもカーボンプライシングの導入を求める声があがっています。例えば2017年には、アディダス、アリアンツ、H&M、フィリップス、ユニリーバなどの世界の大企業54社が各国政府に対し導入の提言を発表しています。    では日本はどのような状況なのでしょうか? 2012年に、暗示的炭素価格に該当する「地球温暖化対策のための税(温対税)」が導入され、全化石燃料に対してCO2排出量に応じ1トンあたり289円が課税されるようになりました。これは既存の「石油石炭税」に更に上乗せして支払われています。税収はエネルギー特別会計に繰り入れられ、省エネ対策や再エネ普及などのエネルギー起源CO2排出抑制対策に充当されています。ただ、諸外国の炭素税と比べると極めて低く効果も低いのが現状です。 このような状況の中、今年、環境省は2020年度の税制改正要望でカーボンプライシングの導入について初めて盛り込む方針を示しました。カーボンプライシングについては、過去にも議論されたことがありましたが産業界の反対を受け先送りされてきました。しかしパリ協定の本格運用が来年に迫っていること、ダイベストメントの動き(環境対応に消極的な企業から投資を引き揚げる)が広がる中で、産業界にも変化の兆しが出てきています。特にグローバル展開する企業を中心的に肯定的な見方へ変化しているようです。ただ、導入にあたっては既にある税制との兼ね合いや経済成長の妨げとならない仕組み作りなど課題も多くあり、導入まではまだまだ議論が必要な状況であるようです。    税収の活用方法については、カーボンプライシング・リーダーシップ連合の報告書『What Are the Options for Using Carbon Pricing Revenues』(※4)では、他税の減税、家計への還元、企業への支援、公的債務・財政赤字の削減、一般財源化、気候変動対策への投資の6つのオプションが紹介されています。例えば、カナダのBC州では炭素税収の約2/3を企業・1/3を家庭の税負担の軽減に活用、スイスでは炭素税収の一部を、医療保険会社を介して全住民に均等に再配分、アイルランドでは景気後退の際の厳しい緊縮財政の回避などに活用されています。減税や社会保険料の軽減に用いることで更なる経済成長との両立に繋がる可能性があります。    『財務モニター』では、炭素価格の世界平均は現在1トンあたり2ドルであるが、パリ協定の目標達成には2030年までに1トンあたり75ドルに引き上げることが呼び掛けられています。 この先の10年間で各国での気候変動への取り組みが大きく変わることが予測されます。 そうした影響を受け、日本国内でのカーボンプライシング導入の動きも加速するのでしょうか。引き続き動向に注目したいです。   ※1 財務モニター 2019年10月(国際通貨基金) https://www.imf.org/ja/Publications/FM/Issues/2019/09/12/fiscal-monitor-october-2019 ※2 NDC:Nationally Determined Contributions パリ協定に基づき各国が国連に提出する温室効果ガス削減に対する貢献案 ※3 National Environment Agency(Singapore) https://www.nea.gov.sg/our-services/climate-change-energy-efficiency/climate-change/carbon-tax ※4 http://pubdocs.worldbank.org/en/668851474296920877/CPLC-Use-of-Revenues-Executive-Brief-09-2016.pdf   <参考> カーボンプライシング~世界と日本の動向、環境省の取組について~ http://kyushu.env.go.jp/20191004_Niihara.pdf   「カーボンプライシングのあり方に関する検討会」取りまとめ~脱炭素社会への円滑な移行と経済・社会的課題との同時解決に向けて~(平成30年3月) https://www.env.go.jp/earth/cp_report.pdf

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