Column

2020年9月

カーボンニュートラル社会の実現のために ~注目集まるCO2除去等のカーボンネガティブ技術~

 近年、パリ協定と同じレベルのCO2削減目標としてSBT(Science Based Targets)を設定する企業が増加しています。パリ協定で各国は気温上昇を2℃を十分下回る水準に抑制し、1.5℃に抑える努力目標に合意しています。ただ、昨今は2018年にIPCCの特別報告書『1.5℃の地球温暖化』が発表され、気温上昇を1.5℃に抑える必要性が求められてきています。2℃目標では、2050年までに2010年比約40~70%削減、今世紀後半(2075年頃)に実質ゼロとする内容ですが、1.5℃目標では2030年までに45%削減、2050年頃に実質ゼロとする削減シナリオとなります。企業活動から排出されるCO2についても同レベルの削減目標が求められてきており、より早期に排出ゼロとなるような野心的な目標が求められています。  このパリ協定で求められる“実質ゼロ”とは、人為的な温室効果ガス排出量を人為的な吸収量(除去量)をバランスさせることを言います。温室効果ガスには二酸化炭素(CO2)や一酸化二窒素(N2O)、メタン(CH4)等がありますが、CO2が大気中に最も多く存在し地球温暖化への影響が大きいとされています。特に人為起源のCO2排出量(化石燃料の燃焼やセメント製造等で排出するCO2)は、森林や海洋等が自然に吸収するCO2量を超えて排出されつづけ、大気中に蓄積されています。そのため、この人為的なCO2排出量をなくすことが重要になります。その社会を実現するために、企業活動でも実質排出ゼロ“カーボンニュートラル”を目指す企業が現れてきています。  一般的に、カーボンニュートラルとは、“炭素が中立”つまり二酸化炭素の排出量と吸収量が同量になっていることをいいます。森林等のバイオマス資源は、成長過程においてCO2を吸収し炭素を固定化しているので、燃焼時にCO2を排出したとしてもプラスマイナスゼロ、つまりカーボンニュートラルという考え方をします。地球温暖化の要因として、温室効果ガスが大気中に放出することが問題であり、地中等に貯留されている状態であれば地球温暖化を防止できます。そうした意味でも植物での固定化や人工的な炭素貯留技術等はCO2を“除去”する手法として注目を集めています。  今、世界的なトップ企業でもこのカーボンニュートラルに取組む企業が増加しています。  イギリスBP社(大手石油会社)は、2020年2月に事業全体におけるCO2排出量を2050年までに実質ゼロにすると発表しました。  また武田薬品工業は、新たなカーボンニュートラル宣言で、2040年までに事業活動におけるGHG排出量(Scope1、およびScope2)を全て削減しカーボンニュートラルを達成する目標をたてました。さらに自社だけでなく、サプライヤーと協力してScope3の排出量を50%削減し、認証済みのクレジット等を使用してバリューチェーン全体でもGHG排出をゼロにする目標を発表しました。  またマイクロソフトでは、2030年までに「カーボンネガティブ」の達成を宣言しました。具体的には、事業から排出されるCO2排出量を50%まで削減、残りのCO2排出量と同量以上のCO2排出量を“除去”することにより、実質的に排出をマイナスにするというものです。さらに野心的な目標として2050年には創業の1975年以来のScope1,2に相当するCO2排出量を除去するということも宣言しています。この達成のために10億ドルをCO2除去技術等に拠出すると発表しています。  このCO2の“除去”とは、大気中に排出された空気中のCO2を取り除くことを意味しており、“ネガティブエミッション技術(NET)”と呼ばれています。上述の人為的なCO2吸収量(除去)に関する技術です。具体的には、植林等やBECCS(炭素の回収・貯留付きのバイオマス発電)、化学薬品等により直接大気中のCO2を回収すること等が含まれます。中でも、直接大気からCO2を回収する技術は「DAC(Direct Air Capture)」と呼ばれ注目を集めています。世界的には1t当たりの回収にかかる費用が500~600ドル(日本円で約5~6万円/t)とコストが課題ですが、1tあたり1万円程度を目指して技術開発が進められています。日本ではCCS(炭素の回収・貯留)だけでなくCO2を資源として利用していくというカーボンリサイクルに力を入れており、2019年6月には経済産業省から「カーボンリサイクル技術ロードマップ」も発表されています。  このように、カーボンニュートラルの達成にはまだ発展途上の革新的な先進技術等が必要であり、こうした技術は現在も日々進歩しています。そのため、何をもって“カーボンニュートラル”とするかの定義もさまざまです。  現在、国際的な排出量の情報開示では、この実質ゼロの定義を進め、企業向けガイダンスを開発しています。中でもCO2除去量については、SBT等の目標達成に利用可能となる可能性もあります。そうなれば、よりCO2除去技術(森林吸収、除去技術(CCS,DAC)等)は注目を浴びる成長産業になる可能性があります。  一方、国際的なルール整備に注目が集まりますが、日本国内には従来から“カーボンニュートラル認証”という認証制度もあります。この制度は2012年に環境省がつくったカーボン・オフセット制度のひとつであり、現在は民間に移行して第三者認証プログラムとして運営されています。同プログラムでは、企業の事業活動(Scope1,2)にかかる排出量を全量埋め合わせてカーボンニュートラルを達成します。埋め合わせの手段は国内の認証されたクレジットであり、森林吸収、再エネ、省エネ等のクレジットが活用できます。こうした認証制度を活用することも、自社がニュートラル企業であると宣言する一つの手段になり得ます。  脱炭素、カーボンニュートラルな社会の実現に向け、企業のさまざまな取組みやネガティブエミッション技術の進展が期待されますが、もう一つ大事なのが私たちのライフスタイルの変革です。2020年1月に、IGES(公益財団法人地球環境戦略研究機関)から「1.5℃ライフスタイル‐脱炭素型の暮らしを実現する選択肢-(日本語要約版)」というレポートが出されました。このレポートの中では私たちの暮らしの中での一人あたりのカーボンフットプリントが評価され、1.5℃目標達成にはどの分野(移動、食料、住居等)からどれくらい減らさないといけないか、という評価がなされています。現在の私たちの暮らしのホットスポット(排出量が多い分野)として、肉食、車移動、家電製品といった具体的な内容が分かるとともに、ライフスタイルの大幅な変更が必要となることを定量的に評価しています。同時に、ネガティブエミッション技術が将来的にどの程度導入されるかで、目標とする一人当たりのカーボンフットプリントに大幅な影響があることを前提としながらも、不確実性の高い技術に頼る戦略のリスクも示唆しています。  企業は事業経営の脱炭素化をどう実現するか、その価値を消費者に提供するか、また消費者は自分たちの行動をどう変えていかなければいけなのか、本来は両輪で取り組む必要がある問題です。企業が脱炭素に取組むためのインフラの整備は必要であり、CO2除去といった革新的技術も必要な一方で、負荷が高い生活様式を見直すことも重要な要素なのです。   (参考) ■気象庁HP 海洋の炭素循環 ■BP社プレスリリース ■日経ESG 2020年6月号 ■武田薬品工業株式会社 WEBサイト 環境への取り組み ■経済産業省 カーボンリサイクル技術ロードマップ 令和元年6月 ■国立研究開発法人科学技術振興機構 低炭素社会戦略センター 二酸化炭素の Direct Air Capture (DAC)法のコストと評価 令和2年2月 ■CDP 1.5℃を目指す企業:SBTと2050年までのネットゼロを目指して資料(2020年6月) ■CDP TOWARDS A SCIENCE-BASED APPROACH TO CLIMATE NEUTRALITY IN THE CORPORATE SECTOR(2019年9月) ■IGES(公益財団法人地球環境戦略研究機関) 1.5℃ライフスタイル‐脱炭素型の暮らしを実現する選択肢-(日本語要約版)  

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