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2019年7月

2℃目標の達成とCCS(BECCS)技術

 パリ協定で、産業革命以前と比較して世界平均気温の上昇を2℃未満に抑える、いわゆる「2℃目標」が合意され、各国が目標達成に向け、取り組んでいます。IPCCは第5次報告書の中で、目標達成のためには、CO2排出量を今世紀の後半には世界全体でマイナスとする、ネガティブ・エミッション(炭素固定・炭素除去)シナリオを達成する必要があることを報告しています。 今回は、ネガティブ・エミッション実現に大きく貢献し得るとされるCCS技術についてご紹介いたします。    「CCS」とは、「Carbon dioxide Capture and Storage」の略で、日本語では「二酸化炭素回収・貯留」技術と呼ばれます。火力発電所等などから出る排気ガスを大気に放出せず、排ガスからCO2を分離して集め、高い圧力をかけることでCO2を地中深くの水を含んだ地層へ送り貯留するものです。この地層の上には密度が高く固い地層があるため貯留されたCO2は漏れ出さないと言われます。  CO2の隔離方法は、アルカリ性溶液にCO2を吸収させることで他の成分と分離する「化学吸収法」が多く用いられますが、多孔質の個体に吸着させたり、凝縮温度の違いによって分離する方法などもあります。 またCO2の貯留方法は、主に帯水層貯留とEOR(石油増進回収)があります。帯水層貯留は、CO2をタンカーやパイプラインで輸送して、地下の帯水層へ圧入し、貯留します。帯水層とは、粒子間の空隙が大きい砂岩等からなり、水または塩水で飽和されている地層のことです。日本での実施に当たって想定される方法です。 EORは、地下の油層にCO2を圧入する方法です。原油を圧力で押し出しつつ、CO2を地中に貯留します。石油の増産につながり投資費用の回収が期待できます。2018年現在、世界には18の大規模プロジェクトが稼働しており、その他5施設が建設中、20施設が開発段階にあります。その大半がEORです。    国際エネルギー機関(IEA)の報告書(※1)によると、「2℃⽬標」を達成するため、2060年までの累積CO2削減量の合計のうち14%をCCSが担うことが期待されています。米国、カナダ、欧州諸国の2050年に向けた長期戦略においても、各国とも削減目標達成の手段としてCCSを位置づけています。しかし「2℃目標」は、現状から見ても、達成が非常に厳しい目標であるため、その達成にはCO2排出量をマイナスにするような技術が必要とされています。その一つとしてBECCSが注目を集めています。    BECCS(Bio-energy with Carbon Capture and Storage)とは、CCSにバイオエネルギー利用を組み合わせてCO2を回収する技術です。 バイオマスを燃焼または発酵させることでCO2が排出されますが、そこに含まれる炭素は光合成で大気中から吸収したCO2なので、バイオマスを燃焼または発酵させてエネルギー利用をしても、大気中のCO2は増加しません(カーボン・ニュートラル)。さらにCCSを組み合わせることで、CO2を回収・貯留するため、CO2排出量は差し引き正味で負になり、「ネガティブ・エミッション」を達成することができます。    BECCSに用いるバイオマスとしては様々なものが利用可能です。主に、食用作物による第1世代バイオエネルギー作物(サトウキビ、トウモロコシなど)、非食用である第2世代バイオエネルギー作物(ススキ、ナンヨウアブラギリ、ポプラなど)、廃棄物(廃食用油、食品廃材、下水汚泥)、農作物の残渣(稲わら、トウモロコシの茎など)、木材及び林業での残渣、藻類(研究開発中)などがあります。バイオマスエネルギーの供給量は、将来的には増加すると考えられていますが、BECCSに利用できるバイオマス量は、食料需給との関係やエネルギー効率などの様々な要因によって制約を受けます。    現在、世界で5つのBECCSプロジェクトが稼働中です。合わせると年間約150万トンのCO2を貯留しています。 大規模(※2)プロジェクトであるイリノイCCSプロジェクトは、ADM社(Archer Daniels Midland)により米国イリノイ州Decaturにおいて実施されています。トウモロコシからエタノールを製造する工場において生じるCO2を分離し、発酵過程で回収します。回収能力は、年間100万トン。回収されたCO2はパイプラインで輸送され地下へ注入されます。 残り4つのプロジェクトは、小規模エタノール製造工場で実施されていて、大半がEORに活用されます。(Kansas Arkalon(米):回収能力200,000トン/年(EOR)、Bonanza CCS(米):回収能力100,000トン/年(EOR)、Husky Energy CO2 injection(カナダ):回収能力250トン/年(EOR)など)    BECCSの可能性への期待の一方で、課題も多くあります。例えば、バイオエネルギー大規模利用に関しては、土地利用、食糧競合などの持続可能性に関するリスクがあります。また、バイオエネルギー生成時の電力・熱等の利用や原料の収集活動によって化石燃料が消費され、CO2が発生する場合もあるため、カーボン・ニュートラルに対するライフサイクル的視点も重要となります。さらに、CCS有望貯留地選定に対する地域住民の理解や長期にわたるCO2貯留のリスクモニタリングにも留意して実施する必要があります。  また、気候変動に対し、どれだけ寄与するか不確実な部分も多くあります。GCCSI(※3)の報告書では、BECCSのような技術を排出削減努力に取って代わるものとしてではなく、あくまでもそれを補うものとして捉えるべきだと示唆されています。  従って、「まずCO2排出削減努力によりゼロ排出に近づける」ことが前提にあることを忘れず、削減努力を継続していく必要があるのだと思います。   ※1 IEA EPT(Energy Technology Perspectives)2017に基づく。 ※2 Global CCS Institute の定義によると大規模とは産業用施設で年間400,000t-CO2以上、発電施設で年間800,000t-CO2の回収と貯留があること。 ※3 Global CCS Institute:オーストラリア政府が資金を提供して設立   <参考> Global CCS Institute https://www.globalccsinstitute.com/resources/   2019 PERSPECTIVE BIOENERGY AND CARBON CAPTURE AND STORAGE(Global CCS Institute) https://www.globalccsinstitute.com/wp-content/uploads/2019/03/BECCS-Perspective_FINAL_PDF.pdf   ネガティブ・エミッションの達成にむけた全球炭素管理(国立環境研究所) https://www.nies.go.jp/kanko/news/34/34-4/34-4-04.html   II-3 ネガティブ・エミッション(国立環境研究所) http://www.nies.go.jp/ica-rus/report/detail_2014/ica-rus_report_2014_detail_negative_emission.pdf   IPCC第5次評価報告書統合報告書政策決定者向け要約(文部科学省・経済産業省・気象庁・環境省) http://www.env.go.jp/earth/ipcc/5th/pdf/ar5_syr_spmj.pdf  

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