Column

2025年9月

自然関連情報開示どこから始める?

 気候変動を実感した暑い夏もようやく終わりが見えてきました。CDPに回答された企業の皆様は無事に提出を終えられたでしょうか。近年、CDP質問書に依存・インパクト・リスク・機会のトレードオフといったTNFDに関連する設問が追加され、また、上場企業を中心にTNFDに基づいた開示事例も増えてきました。自然関連情報開示は、すべての企業にとって戦略的に不可欠となりつつあります。ただ、最初の一歩をどう始めればよいか迷われている企業も少なくありません。    本コラムでは、①自然関連情報開示が求められる背景、②気候関連情報開示との比較、③自然関連情報開示を始めるための手順とツール、という流れで整理します。 ①自然関連情報開示が求められる背景  世界的に新たなキーワードになっている「ネイチャーポジティブ」は、「2030年までに生物多様性の喪失を止め反転させる行動をとり、2050年までに完全な回復を目指す」という世界的な目標です。 2023年9月18日、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース、Task Force on Nature-Related Financial Disclosures)最終提言v1.0版(以下、TNFD提言)が公開され、自然関連リスクと機会を財務情報と同列に扱う国際的基盤が整いました。さらにISSBやSSBJの基準も気候と自然を統合的に扱う方向が示されています。  国内では2025年7月環境省が発表した「ネイチャーポジティブ経済移行戦略ロードマップ(2025–2030年)」においても重点施策として、「自然関連情報開示とネイチャーファイナンスの拡大によるネイチャーポジティブ経営の拡大」が掲げられ、企業には自然関連情報開示を通じた企業価値の向上が期待されています。         出典:ネイチャーポジティブ経済移行戦略ロードマップ(2025–2030年) 環境省 を元に編集           https://www.env.go.jp/content/000333089.pdf  実際に、日本企業は世界的にも先行しており、TNFDアダプターとしてTNDF対応を表明した500社を超える企業・団体のうち150社以上が日本企業です。これは、日本では自然からの恩恵を大切にする自然共生の考え方が受け入れやすいことも要因とも言われています。 ② 自然関連情報開示と気候関連情報開示の比較  TCFDとTNFDにはいくつか違いはありますが、ガバナンス・戦略・リスクとインパクト管理・指標と目標という4つの柱に沿って規定される開示項目は概ね共通しています。これは、気候と自然は別々に対応するのではなく「気候と自然は相互関係がある」という前提に基づいた行動を企業に求めているためです。  一方で、自然関連情報開示を考えるうえで、気候分野と比較して特徴的なポイントは「地域性」と「バリューチェーンの上流」だと考えます。 ・地域性:気候変動は気温上昇などのグローバルに共通する課題ですが、自然資本は水や土壌の地理的条件や、その地域の生態系により状況が大きく異なります。地域固有の課題が重視されるため、自然関連情報開示では地域社会や先住民、地域自治体とのかかわりが重要視されます。 ・バリューチェーン上流:自然関連のリスクの多くは、自社工場ではなくバリューチェーンの上流に多く存在しています。農業、林業、鉱業といった原材料段階で生態系に強く依存しているため、原材料の調達地までさかのぼった評価が必要となります。 ③ 開示を始めるための手順とツール  では、実際にどのように自然関連情報開示を始めればよいのでしょうか。  広く活用されているのは、「LEAPアプローチ」という分析手順です。LEAPアプローチとは、自然との依存関係、インパクト、リスク、機会など、自然関連課題の評価のための統合的なアプローチとして、TNFDが開発し提供しているものです。 スコーピングを経て、Locate(発見する)、Evaluate(診断する)、Assess(評価する)、Prepare(準備する)のステップを踏み、TNFD情報開示に向けた準備を行います。  では、各フェーズの実施内容を見ていきましょう。  まず、Locateフェーズの分析では、ENCORE等の自然との接点を特定するツールを用いて、自社の事業活動による自然への依存やインパクトを特定します。 ツールの分析結果は業界共通の一般的な内容であるため、自社で分析結果をレビューし、必要に応じて自社の実態に合わせ調整することが重要です。 その結果から自然への依存関係とインパクトが大きな事業活動が行われる場所を特定し、さらに優先地域を特定します。優先地域の特定においては、様々なツールを用いて生態系に繊細なエリアへ該当するか否か、自社にとってマテリアルなリスクや機会があるか等を踏まえて検討します。分析の精度や目的に応じてツールを選択し、複数のツールを組み合わせて活用することが推奨されます。 依存関係・インパクト、優先地域の特定に活用できるツールには以下のようなものがあります。 ・ENCORE:事業セクターやプロセスごとに、自然にどのように依存していて、インパクトを与えているかを特定。 ・IBAT:IUCNレッドリスト、保護地域、生物多様性上重要地域(KBA)などのデータベースから、自社拠点周辺の生物多様性上の重要な地域の確認が可能。 ・Global Forest Watch:森林伐採などの森林変化や生物多様性の完全性を数値化したものがマップ化されており、自社拠点周辺の現状確認に有効。また、先住民族・コミュニティーの土地の位置を把握することができる。 ・WWF Water Risk Filter  WRI Aqueduct:水リスク(物理的リスク、規制リスク、評判リスク)の評価結果がマップ化されている。また現在と将来シナリオ(2030年・2050年)での水リスクも確認でき、自社拠点周辺の現状および将来状況の確認に有効。 ・Water Security Compass:社会や企業が直面する水資源のリスクを用途別・将来予測も含めてマップ上で可視化。水資源への依存度や水不足による自然へのインパクトの把握に有効。WWF Risk FilterとWRI Aqueductがグローバルな水リスクを広く評価するのに対し、Water Security Compassはより日本の地域特性を反映して水リスクを評価できるツールです。 ※ここでは Locate フェーズにおける分析に活用できる機能に限定して取り上げていますが、各ツールには後続の分析・評価フェーズで活用可能な機能も含まれています。  続いてEvaluateフェーズでは優先地域における依存関係とインパクトを特定し、Assessフェーズではそこから生じると考えられる自然関連のリスクと機会を特定します。 各フェーズには定量化に至るまでのステップが示されていますが、初期段階においては必ずしも精緻な定量化は必要ありません。依存やインパクト、リスクや機会のおおまかな規模を把握できるレベルで十分です。なぜなら、依存・インパクトを精緻化するためにはリスク・機会を把握する必要があり、またリスク・機会を精緻化するためにはシナリオ分析を実施する必要があるためです。  したがって初期段階から定量分析を詳細に行うより、各フェーズを行き来し、定量化の対象を明確にしながら段階的に精度を高めていくことが効率的と考えられます。  その後のPrepareフェーズでは、これまでの分析・評価結果を踏まえ対応策について検討します。また進捗状況を測る指標と目標を設定します。TNFD提言では、指標の開示を行うにあたり、TNFDのグローバル中核開示指標およびセクター中核指標を参照すべきとしています。これらはコンプライ・オア・エクスプレインに基づいて報告することが求められています。従って、開示できない指標については、その理由と開示予定時期を説明する必要があります。 そして、ここまでの内容をTNFD開示提言(4つの柱と14の開示推奨事項)に沿って整理し開示します。  以上が、LEAPアプローチに則った実施プロセスの全体像です。 ただ、最初からすべてのステップを完璧に実施する必要はありません。このサイクルを繰り返しながら、また各フェーズ間では行き来しながら段階的に精度を高めていくことが適切であると言えます。社内の状況や今回のLEAP分析の目的に応じた取り組み方が検討できると望ましいです。 本アプローチを通じて、自社の事業活動における自然資本への依存・インパクト・リスク・機会を段階的に把握し、分析・評価結果を踏まえた具体的な対応策や戦略策定へとつなげていくことが可能となります。 LEAPアプローチ実施プロセスのイメージ図 TNFD提言を参考に弊社作成 まとめ    ここで紹介したように、分析初期段階ではリスクと機会の種類や規模感を把握し、全体像を捉えることが中心となります。しかし、取り組みを進める過程では、それらを自社の事業活動と結びつけ、ビジネス戦略の一部として位置づけていくことが重要です。情報開示を単なる作業として遂行するのではなく、企業価値を高めるための経営ツールとして積極的に活用することが望まれます。  当社では、自然関連情報開示のサポートもしております。ご関心をお持ちの際は、ぜひお気軽にご相談ください。 (執筆者:山森、平田) 【ウェイストボックスの関連サービス】 ・CDP質問書、TCFD・TNFD、SSBJ対応 開示支援

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