Column

2026年6月

SBTネットゼロ基準v2発表。認定済大企業(カテゴリA)が押さえるべき移行の全体像と重要ポイント

はじめに 先日、SBTイニシアチブ(SBTi)より、新たな基準である「Corporate Net-Zero Standard version 2(以下、ネットゼロ基準v2)」に関連する各種ドキュメントが発表されました。大幅な改定が予告されていたこともあり、「自社の次の目標更新はどうなるのか」「ネットゼロ基準v2へどのように移行したらよいのか途方に暮れている」というお声を多く頂戴しております。 本コラムでは、SBT大企業版の認定取得支援を行っている弊社の視点から、この度発表されたネットゼロ基準v2の概要と、すでに認定目標を持つ企業様が直面する移行プロセスについて、公式発表ドキュメントの記載内容に基づいて、押さえるべきポイントを解説します。 なお、今回の基準改定は非常に多岐にわたります。本稿では、原文で定義されている事実に基づき、特に大企業(新設された「カテゴリA」)に対する要求事項を中心に整理しています。 1. ネットゼロ基準v2の全体像と「カテゴリA」の導入 今回のネットゼロ基準v1.3.1からネットゼロ基準v2へのアップデートは、非常に大規模な改定です。ネットゼロ基準v2のセクションのうち42%は完全に新規のものとして追加され、残りの58%も既存アプローチの修正や拡張となっています。 まず押さえておくべき最大の変更点のひとつが、企業分類の再整理です。ネットゼロ基準v2では、企業は排出量、財務指標、地理的条件に基づき、「カテゴリA」または「カテゴリB」に分類されます。以降の解説では、より多くの要求事項が適用される「カテゴリA」企業への要求事項に焦点を当てます。 また、ネットゼロ基準v2では、「SBTi 保証モデル(Assurance Model)」が導入されました。これは、SBTi認定検証機関による「Target Validation(目標の検証)」および「End-of-cycle Assessment(目標サイクル終了時評価)」を含む枠組みであり、企業のネットゼロに向けた取組における継続的改善の評価を支援するものとして位置付けられています。 これとは別に、ネットゼロ・ガバナンスおよび移行計画に関する新たな要求事項も設けられています。具体的には、企業の取締役会などの最高統治機関によるSBTi目標の設定・提出に関する内部承認、SBTi目標およびその実施監督に対する全体責任、目標の監督・実施に関するガバナンス構造の提出・報告、ならびに科学に基づく目標をどのように実施するかを示す移行計画の策定・維持が求められます。なお、カテゴリA企業については、目標検証完了後15カ月以内に、ネットゼロ基準v2のC2.1に定められた要素を含む移行計画を開示することも求められます。 さらに「Ongoing Emissions Responsibility(継続的な排出責任)」については、2035年までは任意の認定プログラムとして位置付けられています。一方で、2035年以降はカテゴリA企業に対し、継続排出量の少なくとも1%について、長期貯留の除去を含む形で責任を負う要件が示されています。 2. v2への移行タイムラインと目標更新の考え方 すでにSBT認定を取得している企業にとって、最も懸念されるのがスケジュールの問題です。今後のネットゼロ基準v2移行に関するマイルストーンは以下の通り設定されています。 2026年10月1日:ネットゼロ基準v2の検証リソースが公開 2027年2月1日:ネットゼロ基準v2に基づく検証の受付開始 2028年1月31日:現行のネットゼロ基準v1.3.1に基づく検証の受付終了 検証済目標を有する企業の移行タイミング 検証済目標を有する企業がSBTiシステム上でアクティブな状態を維持する場合、必要となる再検証提出日は、目標年への到達または必須の5年レビューのトリガー日により決まります。目標年に達する場合は、目標年の翌年末までに再検証提出が必要です。必須の5年レビューについては、トリガー日から6カ月以内にレビューを完了し、その結果として新たな目標が必要と判断された場合は、トリガー日から12カ月以内に新目標を提出することになります。 【移行期間中の取扱い】必須の5年レビューのトリガー日が2026年6月30日から2027年12月31日の間に到来する場合、目標提出期限はトリガー日から1年とされ、ネットゼロ基準v1.3.1またはネットゼロ基準v2のいずれも適格とされています。ただし、ネットゼロ基準v2は検証サービス開始後の2027年2月1日以降に提出する場合に選択可能であり、ネットゼロ基準v1.3.1は2028年2月1日より前に提出する場合に限り選択可能です。 直近の目標設定・更新に関する推奨事項  2028年1月31日までに目標設定または更新する企業 目標設定を遅らせないことが推奨されています。この期間においてネットゼロ基準v1.3.1を活用することも選択肢として認められます。この場合、設定した目標は当該目標サイクルを通じて有効とされ、次の目標サイクルに入った段階でネットゼロ基準v2に基づいた目標設定を行うことになります。 2030年以降の目標年を有する企業 現在の目標を維持することが推奨されています。その上で、次の目標サイクルである「2030年~2035年」に向けてネットゼロ基準v2への移行を計画の上、2028年から新たな目標を設定すべきとされています。 3. スコープ別の目標設定ルールと変更点 ネットゼロ基準v2では、基準年の定義が「入手可能な直近の包括的なデータに基づく『目標基準年』とする」と変更されました。Scope 1, 2, 3それぞれの目標設定アプローチにおける主要な要件は以下の通りです。 なお、Scope 1およびScope 2については、目標設定の基礎となる物理的GHGインベントリに基づき、各スコープの総排出量を対象として目標を設定します。Scope 1およびScope 2の短期目標はいずれも、それぞれの排出量の100%を対象とすることが求められます。また、Scope 1およびScope 2について、インベントリおよび目標境界から活動または排出量を除外していないことが目標検証時に確認されます。 Scope 1の目標設定  Scope 1の短期目標については、「排出削減目標」「排出原単位目標」「資産移行目標」の手法を用いて目標設定を行います。 Scope 2の目標設定 Scope 2の短期目標については、「低炭素電力(LCE)整合性目標」または「Scope 2絶対量削減目標」のいずれか、または双方を用いて設定します。なお、熱・蒸気・冷熱に係る排出がある企業については、当該排出に対して絶対量削減アプローチを用いることが求められます。 また、電力関連データについては、総電力消費量の報告が求められます。この総電力消費量には、自社が管理する発電源からの電力と、自社が管理しない発電源からの電力が含まれます。さらにカテゴリA企業については、Scope 2目標設定に関連して、合理的かつ透明性のある前提に基づき、目標期間にわたる電力消費量の予測を見積もり、提出することが求められます。なお、カテゴリA企業のうち、目標サイクルにおける予測平均年電力消費量増加率が20%を超える企業は、Scope 2絶対量削減目標を設定することが求められます。この場合、追加の低炭素電力整合性目標の設定は任意とされています。 Scope 3の目標設定 カテゴリA企業に対しては、バリューチェーン内に存在する排出集約活動(Emissions-intensive activities:EIAs)の特定と、利用可能な最良データに基づくScope 3物理的GHGインベントリ排出量の定量化が求められます。Scope 3(カテゴリ1~14)排出量の5%以上を占める排出集約活動は「重要な排出集約活動」とされ、当該排出集約活動の絶対排出量およびScope 3総排出量に占める割合を報告することになります。 カバー範囲としては、Scope 3(カテゴリ1~14)排出量の5%以上を占めるすべてのスコープ3カテゴリのカバーが義務付けられました。 ただし、ネットゼロ基準v2のC14.2に列挙された特定の活動については、短期目標から除外できる場合があります。対象には、カテゴリ1・2における中古品のCradle-to-gate排出、カテゴリ3、7、8、9、10、14に関する特定の排出が含まれます。除外する場合、企業は該当する除外条件、除外が自社の状況に当てはまる理由、除外排出量、ならびに当該排出の緩和に向けた行動を報告することが求められます。 Scope 3の短期目標については、対象となる排出や活動の性質に応じて、全体的なScope 3絶対量削減目標、全体的なサプライヤー/顧客整合性目標、またはカテゴリ別・カテゴリ内の活動別目標のいずれかを用いることになります。カテゴリ別・活動別目標では、排出量削減目標(絶対量または原単位)、ボリューム整合性目標、サプライヤー整合性目標、製品使用段階における整合性目標、製品のライフサイクル終了時整合性目標、顧客整合性目標などが示されており、これらは個別または組み合わせて適用することが可能です。なお、カテゴリ別・活動別目標については、Scope 3カテゴリごとに適用可能な目標種類が示されています。 ネットゼロ基準v1.3.1でScope 3の目標設定手法として示されていた「物理的原単位削減」および「経済的原単位削減」は、ネットゼロ基準v2のScope 3目標設定手法一覧には含まれていません。 目標サイクルの明確化 ネットゼロ基準v2では、前述の通り、目標の検証と目標サイクル終了時評価を含むサイクル型の検証・評価モデルが導入されました。短期目標の目標期間は5年とされ、ネットゼロ基準v2の枠組みでは、従来の5年ごとの必須レビューに代わり、目標サイクルの終了時評価と次サイクルの目標設定を通じて、ネットゼロ経路との継続的な整合を図る仕組みとなっています。 4. 新設された「目標の実施」基準とScope 2評価の分離 ネットゼロ基準v2における大きな変化として、新たに「目標の実施」についての基準が定められました。 ここでは、まず企業自身およびバリューチェーンにおける活動レベルのアクションを優先することが求められます。排出が活動プール内で生じる場合には、当該活動プール内でのアクションを取ることができます。また、構造的制約により活動レベルまたは活動プールレベルで十分なアクションが取れない場合には、セクターレベルのアクションを取ることができます。 Scope 2におけるアプローチの分離 ネットゼロ基準v2では、Scope 2について「排出削減目標の設定方法」と「企業がどのように行動して目標達成に向けて進捗させるか」という問題が分離されました。 物理的排出インベントリ:省エネやオンサイト低炭素発電のような削減に関する主張はこちらで実現されます。 マーケット手段での取り組み(目標の実施):低炭素電力購入契約(PPA)やその他のマーケット手段での取り組みは別途報告されます。これにより、企業自身の低炭素電力への投資がシステムの脱炭素化をいかに加速させるかを、透明性をもって伝えることが可能となっています。 マーケット基準でのScope 2については、この「目標の実施」セクションでの取り扱いとなります。電力への適用においては、使用可能なマーケット手段(例:フィジカル/バーチャルPPA、低炭素電力契約、エネルギー属性証書など)と、活動プールでの適格基準(例:デリバビリティ、稼働15年制限など)が定義されています。なお、時間単位マッチングはScope 2の目標進捗に対する必須要件とはされていません。一方で、カテゴリA企業については、活動プール内の年間電力消費量が10GWh以上となる重要な電力使用について、Scope 2電力消費量のうち低炭素電力と時間単位で一致した割合を算定・報告することが求められます。また、一定水準の時間単位マッチングを達成する企業向けに、任意の認定プログラムが設けられています。 ※「目標の実施」に関する追加ガイダンスは、2026年末にリリースされる予定です。 5. 検証プロセスで求められる厳格な証拠(エビデンス)要件  ネットゼロ基準v2では、カテゴリA企業に対して、目標基準年GHGインベントリおよび関連する目標設定指標について、独立した第三者保証が求められます。また、SBTiが公表した「最低限必要なエビデンス(暫定版)」では、ネットゼロ基準v2の目標検証プロセスで使用されるエビデンスについて、一般的なガイドとして最低限必要な内容が示されています。ここでは、その一例として、代表的な証拠文書・情報を紹介します。なお、以下は同文書に示された内容の一部であり、必要となるエビデンスを網羅するものではありません。 企業の取締役会相当機関の説明責任の裏付けとなる「日付入りの文書」 SBTiが列挙する要素を含む、「日付入りの移行計画文書」 目標基準年の低炭素電力割合の算定報告に関する「日付入りの文書」 日付入り署名済の第三者保証書:目標基準年のScope1, 2, 3排出量の100%、低炭素電力算定、重要な排出集約活動の排出量、その他の目標設定指標を対象とするもの。 目標基準年と目標年の設定例 証拠提出にあたり、基準年と目標年の設定ルールも明確化されています。 目標基準年について 提出日から2年前以降とされています。(例:2027年に提出する場合、目標基準年は2026年または2025年)。次の目標サイクルも同様に、都度新たな目標基準年を直近2年前から選択します。 目標年について 初回検証時は「直近の報告期間の開始日から5年以内」と規定されています。その後の目標検証は、目標サイクル間の継続性を確保するため「前回の目標年度の直後の年の開始日からちょうど5年後」と規定されました。 (例:2027年初回検証時に「2026年を目標基準年」とする場合は、目標年として2028~2031年を選択します。ここで2031年以外を選択する場合はその説明が必要です) おわりに 本コラムでは、SBTネットゼロ基準v2の全体像と、大企業(カテゴリA)が直面する主要な変更点について、公式発表ドキュメントの記載内容に基づいて解説いたしました。 第三者保証の義務化、Scope 3対象範囲の厳格化、Scope 2マーケット手段の分離報告など、ネットゼロ基準v2への移行は企業のサステナビリティ開示プロセスに大きな影響を与えます。 特に、既にSBT認定目標を有する企業にとっては、自社の目標年度や5年レビュートリガー日を踏まえ、いつ、どの基準で、どのような準備を進めるべきかを早期に整理することが重要です。ネットゼロ基準v2では、目標設定そのものに加え、ガバナンス体制、移行計画、第三者保証、エビデンス文書の整備など、従来以上に多面的な対応が求められるため、移行スケジュールと対応事項をあらかじめ可視化しておくことが有効です。 弊社には、SBTi認定エキスパートが2名在籍しており、SBTi認定エキスパートおよびSBTi実務に精通したコンサルタントが、貴社のネットゼロ基準v2移行に向けたスケジュールやTODOの整理について、30分の無料相談を承っております。 また、ネットゼロ基準v2移行に向けた目標更新方針の検討、Scope 1・2・3の算定・目標設定、移行計画や必要文書の整備、第三者保証対応を見据えた準備など、各種コンサルティングサービスもご用意しております。 ネットゼロ基準v2移行に向けた具体的なご相談や、各種文書整備のサポートが必要な際は、ぜひ弊社までお問い合わせください。 出典 SBTi Corporate Net-Zero Standard Version 2.0 Guide Transition Corporate Net-Zero Standard V2 Continuing-Use-of-Corporate-Net-Zero-Standard-Version-1.3.1-and-Transition-to-Corporate-Net-Zero-Standard-Version-2 Preliminary-Minimum-Evidence-Required-for-Corporate-Net-Zero-Standard-Version-2.0 Corporate-Net-Zero-Standard-V2-Main-Changes-Document Corporate-Net-Zero-Standard-V2-FAQs Understanding-Scope-2-in-the-Updated-Corporate-Net-Zero-Standard-V2.0 Corporate-Net-Zero-Standard-V2-Basis-for-Conclusions (執筆者:小島) 【ウェイストボックスの関連サービス】 ・組織の排出量把握・情報開示支援|株式会社ウェイストボックス ・SBT目標設定・気候移行計画策定|株式会社ウェイストボックス ・アドバイザリーサービス

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GX-ETS本格稼働!制度概要とSHK制度・GHGプロトコルとの算定・報告方法比較

この記事を読んでほしい人 ・GX-ETS対応準備を進めているご担当者 目次 ■はじめに ■GX-ETSの概要  ・GX-ETSとは?  ・対象事業者  ・対象事業者の義務と年間サイクル ■排出量実績算定・報告方法―SHK制度、GHGプロトコルとの比較  ・算定対象範囲  ・算定方法・モニタリング・検証  ・クレジット利用                                                     はじめに  GX-ETSの義務的な第2フェーズがいよいよスタートしました。対象企業は、これまで取り組んできた省エネ法定期報告と温対法に基づく温室効果ガス排出量算定・報告・公表制度(以降「SHK制度」)や、GHGプロトコルに沿った算定・報告に加えて、GX-ETSに対応した排出量の算定・報告が求められます。そこで今回は、GX-ETSの制度概要をおさらいした上で、GX-ETSの算定・報告ルールのポイントについて、SHK制度やGHGプロトコルと比較しながら整理したいと思います。 GX-ETSの概要 GX-ETSとは?  GX-ETS(Green Transformation Emissions Trading System)とは、日本の排出量取引制度(Emission Trading System)です。排出量が一定規模以上の事業者に排出枠(排出してよい量)が割り当てられ、その範囲内での排出が求められます。対象事業者は毎年度の排出量を算定し、その実績と同量の排出枠を自社口座に保有する必要があります。排出実績が割り当てられた排出枠を上回る場合には、不足分を他社から調達したり、負担金を支払ったりする必要があります。逆に排出実績が排出枠を下回る場合は、排出枠の余剰分を他社に売却することもできます。 *202604_setsumeikai_1.pdf  排出量取引制度は、炭素に価格を付けて削減を促すカーボンプライシングの一種であり、国等の温室効果ガス削減の手段として世界各地で導入が進んでいます。 カーボンプライシングには主に「炭素税」と「排出量取引制度」の2種類があり、前者は炭素すなわちCO2等の温室効果ガス(GHG)排出に対して課税することで削減を促すものです。日本では既に化石燃料を対象とした課税である「地球温暖化対策税」が導入されていますが、その水準は1トンあたり289円と国際的に見て低い水準にとどまっていると指摘されています。一方、排出量取引制度は、企業等に対し排出量の上限を定め、企業等の間で過不足を売買する市場メカニズムを通じて削減を促す仕組みです。日本では東京都や埼玉県等一部の自治体で導入済みですが、国レベルでの制度化は長らく議論が続きつつも実現していませんでした。世界銀行のレポートによると、2025年時点で世界には43の炭素税と37の排出量取引制度が導入されており、これらによって世界の排出量の約28%がカバーされ、対象地域のGDPは世界全体の約3分の2に相当するとされています。 GX-ETSは、このような背景を踏まえ、日本として初めて全国的に導入される本格的な排出量取引制度となっています。  GX-ETSは「GX推進法(脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律)」に基づいています。 2020年の「2050年カーボンニュートラル宣言」を受け、まずグリーン成長戦略が策定され、その中で成長に資するカーボンプライシングの検討として炭素税や排出量取引制度等の検討が盛り込まれました。その後、カーボンニュートラルと経済成長を同時実現する「GX(グリーン・トランスフォーメーション)」が掲げられ、2023年にGX基本方針およびGX推進法が決定されました。  GX推進法では、GX推進戦略の策定と実行、GX経済移行債の発行、成長志向型カーボンプライシングの導入、GX推進機構の設立、進捗評価と必要な見直し等、GXを推進するための枠組みが定められています。成長志向型カーボンプライシングの一環として、政府は2026年度からの排出量取引制度の本格導入や、2028年度からの化石燃料賦課金の導入に向けた検討を進めてきました。また、GX推進法の下、自主的参加によるGXリーグが設立され、その中でGX-ETSの試験運用が進められてきました。これがGX-ETSの第1フェーズと呼ばれています。その後、2025年のGX推進法改正により排出量取引制度が法定化され、排出量が一定規模以上の事業者に対して、2026年度からGX-ETSへの参加が義務付けられることとなりました。 これが、全国的な排出量取引制度として位置づけられるGX-ETS第2フェーズです。 20251219_1.pdf 対象事業者  GX-ETS第2フェーズの対象となるのは、「CO₂の直接排出が10万tCO2以上」の事業者です。対象のGHGについて、算定報告公表制度やGHGプロトコルでは7種類のGHG全てが対象ですが、GX-ETSでは「CO2のみ」が対象です。直接排出とは、自社の工場や車両等での燃料使用による「エネルギー起源CO2排出量」や、セメント製造等の工業プロセスから化学的に排出されるCO₂(非エネルギー起源排出量。GX-ETSでは「原材料起源排出量」と呼ぶ)を指します。10万tCO2以上で対象となるかどうかの判定は毎年度行います。毎年度9月30日までに前年度までの直近3年度の平均(これを「年度平均排出量」と呼ぶ)を算定し、対象となる場合は、排出枠割当のための届出を行います。事業者とは国内の法人が主な対象で、企業単位で考えます(子会社や関連会社等は原則として別事業者)。  直接排出量が年間で10万トンCO₂以上の企業としては、電力、鉄鋼・化学・セメント等を中心とした製造業、運輸等のエネルギー多消費産業を中心とした国内の大手企業が幅広く含まれることが想定されます。日本全体で300~400社程度がGX-ETSの対象となり、これら対象者の排出量が日本全体の温室効果ガス排出量の約60%近くを占めると見込まれています。 対象事業者の義務と年間サイクル  対象事業者は毎年度、①排出枠の割当の基となる届出、②排出実績の算定・報告、③排出枠の保有、及び④移行計画の作成・提出という4つの義務を負います。 ①排出枠の割当ての基となる届出では、制度対象であるかの判定に用いた年度平均排出量と、排出目標量等合計量を提出します。 排出目標量等合計量とは、主に工場や輸送手段ごとに算出した個別の排出目標量を合計した値です。 GX-ETSでは、排出枠割当てのベースとなる排出目標量の算定方法として、ベンチマーク方式とグランドファザリング方式の2種類が用意されており、どの方式が適用されるかは業種や活動ごとにあらかじめ定められています。一般に、エネルギー多消費産業ではベンチマーク方式が中心となります。一定規模以上の工場や輸送手段は、それぞれ指定された方式で個別排出目標量を算定し、それらを合計したものが排出目標量等合計です。これらの内容は登録確認機関による確認を受けたうえで、対象年度の9月30日までに届出を行い、その届出量を基に政府が排出枠を割り当てます。(排出目標量等合計量には排出目標量以外に勘案事項も考慮される場合があります。) ②排出実績の算定・報告では、対象年度(4月〜翌年3月)の排出実績量を算定し、翌年の9月30日までに報告します。この実績値についても登録確認機関の確認が必要です。報告内容を基に11月30日までに当該年度の排出枠の保有義務量が確定します。なお、「排出実績量=実排出量-クレジット無効化量」で計算します。すなわち実排出量が割り当てられた排出枠を超える場合、クレジットで調整し報告することができるようになっています。 ③排出枠の保有では、保有義務量と同量の排出枠を1月31日までに自社口座に保有しておく必要があります。排出枠に不足がある場合にはそれまでに排出枠取引市場等で追加の排出枠を調達する必要があります。1月31日以降、保有義務量分の排出枠が口座から償却されます(口座から消滅する)。保有義務量に対して口座の排出枠が不足している場合には、未償却相当負担金(排出枠の不足分×排出枠上限価格×1.1に相当する金額)の納付が課されます。 ④移行計画については、排出枠の届出と同じく対象年度の9月30日までに提出することが求められます。移行計画には、2030年度までの排出量目標、毎年度の排出実績、目標達成のための投資計画等を記載します。提出後、一部の内容は公表されます。 これらの手続きは全て排出量取引管理システム(ERMS)において行われる予定です。 以上が基本的な年間サイクルですが、制度開始初年度である2026年度については、排出枠の割当時期が1年後ろ倒しになる特例スケジュールが設けられています。2026年度分については、2026年9月30日までに年度平均排出量を算定し制度対象である旨の届出と移行計画の提出を行いますが、排出目標量等合計量の届出は1年後の2027年9月30日までに行います。2026年度排出量実績の算定・報告は基本サイクルと同様、翌年の2027年9月30日までに行います。すなわち、2027年9月に届出と実績報告を同時に行い、11月30日までに排出枠割当と保有義務量の通知が同時に行われることになります。また、2027年度の届出も基本サイクル通り2027年9月30日までに行いますので、2027年度分の届出も同じタイミングで行うことになります。 以上を踏まえ、企業が2026年度中にやらなければならないことは以下と整理できます。 年度平均排出量(2023、2024、2025年度の3年平均)を算定し対象事業者となるかどうかを判定する。 (対象事業者に該当する場合) 届出を行う。(~2026年9月30日) 移行計画を提出する。(~2026年9月30日) 2026年度実績の算定準備、登録機関の選定・契約を進める。 ※年度平均排出量は登録機関の確認は不要だが、2027年9月30日までに行う排出量目標等合計量及び2026年度実績には登録機関の確認が必要なため。   排出量実績算定・報告方法-SHK制度、GHGプロトコルとの比較  前述の通り、いよいよGX-ETSの算定ルール(排出量実績算定・報告)に沿った算定が必要となります。多くの企業がこれまでにSHK制度やGHGプロトコルに沿って算定・報告を行ってきましたが、それらと大部分は重なるものの、異なる点も多々あります。そこで以降ではGX-ETSの算定・報告ルールのポイントを、SHK制度及びGHGプロトコルと比較しながら、整理してみたいと思います。  算定対象範囲  排出量算定の対象とすべき範囲について、まずGHGの対象は、GHGプロトコル・SHK制度が「CO2、CH4、N2O、HFCs、PFCs、SF6、NF3」の7つの指定ガスを対象とするのに対し、GX-ETSは「CO2のみ」を対象としています。組織の範囲は、GHGプロトコルが財務会計と同様に「連結グループ全体」を基本とするのに対し、SHK制度・GX-ETSは「法人単位」を基本とします。算定対象とする活動の範囲である活動境界は、GHGプロトコルが最も広く、「直接排出、間接排出(購入電力・熱の使用、その他の間接排出):Scope1,2,3」、次に広いのがSHK制度で「直接排出、間接排出(購入電力・熱の使用)(概ねScope1,2と対応)」なのに対して、GX-ETSは「工場等における直接排出のみ(Scope1の一部)」と限定的になっています。地理的範囲は、GHGプロトコルが国内外問わず組織の全てを対象とするのに対し、SHK制度・GXは各制度の適用対象となる国内の事業所に限られます。時間的範囲はいずれも一年間ですが、GHGプロトコルは「任意の12か月間」、SHK制度・GXは決められた「4月~翌年3月」の期間を対象とします。 他に細かな範囲の違いの例として3点ピックアップします。一つ目は(輸送事業者以外の一般事業者における)車両です。GHGプロトコルでは自社が所有・管理する車両の排出は全て対象です。一方、SHK制度・GX-ETSでは工場等の敷地内で使われる車両(フォークリフト等)が対象で、敷地の外で使われる車両(営業車等)は通常は対象外とされています。次にテナントとして入居している場合について、GHGプロトコルでは連結対象グループの範囲設定に用いた組織境界設定基準(出資比率基準、財務/経営支配力基準)に基づき、「支配関係に応じてScope1,2もしくはScope3(カテゴリ8等)のいずれか」に分類します。SHK制度では「テナント専用部のエネルギー使用を全て対象」とします。一方、GX-ETSでは「自社が管理権原(設備の設置・更新権限があり、使用量を特定できる)を有する設備のみ」対象とする限定的な範囲になっています。最後に、電力や熱を創出し他社に提供している場合について、GHGプロトコルでは他社に提供する電力・熱の生成に係る排出も自社の排出(Scope1)としてカウントします。一方、SHK制度では自家発電等により燃料を使用して発生させた電気や熱を他人に供給した場合は、エネルギー起源CO2排出量合計から、供給量見合い分のCO2排出量を控除します。GX-ETSはGHGプロトコルと同様で、自社の直接排出としてカウントし、SHK制度のような控除は行いません。  最後に、少量排出源の取り扱い方も差異があるため要注意です。GHGプロトコルでは、原則として関連する全ての活動からの排出が算定対象です。一方、SHK制度ではガス種類ごとに閾値を超える場合は算定・報告が必要ですが、閾値に満たない場合は不要です。つまり、ガス種類によっては、排出はあるものの閾値に満たないため算定せず、SHK制度上の事業者合計の排出量に含まれていない場合があります。また、排出量がごく少量の拠点は前年度等と同値での報告が可能(つまり毎年の更新が不要)となっています。GX-ETSは、SHK制度のようなガス種類ごとの裾切値等はなく、算定対象である直接排出に関連する活動の排出量は全て算定し合算する必要があります。また、SHK制度のような、前年度等と同値の使用により算定更新を省略できるというようなルールも規定されていません。 算定方法・モニタリング・検証   算定の基本は、いずれも「活動量×排出係数×(GWP:地球温暖化係数)」という式による算定で共通しています。排出係数について、GHGプロトコルでは、国や地域、業界団体等が公表する排出係数等、合理的と認められる係数を企業が選択して用いることとされています。一方、SHK制度、GX-ETSでは、一定の条件のもとで測定等に基づく設定も可能ですが、制度ごとに利用可能なデフォルト値が整備されています。GX-ETSの排出係数は、大部分がSHK制度と同値となっているように見受けられますが、GX-ETS固有の要件に応じて一部の係数や扱いが調整される可能性も考えられますので、SHK制度の係数だけでなく、GX-ETSの算定報告マニュアルや施行規定で最新の内容を確認できると良いでしょう。  モニタリング(活動量の計測)については、GHGプロトコルは、高品質なデータに基づく算定を原則とし、データ品質や不確実性の評価を行い、その結果を開示することを推奨しています。また、SHK制度もデータ品質向上を求めており、体制整備やデータチェック等を通じて精度の確保を促していますが、いずれも計量器の精度のような具体的要件までは定めていません。一方、GX-ETSでは望ましいモニタリングの目安精度が定められており、排出量報告と併せて計量器の情報(現状の器差等)も報告が必要です。また、割当区分ごとの排出量報告に合わせて、複数の事業活動を行っている場合は割当区分ごとに活動量のモニタリングを行う必要があります。  第三者審査機関による排出量数値の検証については、GHGプロトコルは推奨しているものの任意ですが、CDP等、保証を得た信頼性の高い数値の開示を求める動きが強まっており、特にScope1,2については検証を受ける企業は増えています。一般的には限定的保証水準(検証手続きやサンプリング数等を絞ったうえで、「重大な誤りがあるとは認められない」といった消極的意見表明を行う水準)で実施されることが多いです。SHK制度も制度として検証を要件とはしていません。一方、GX-ETSでは登録確認機関による確認が必須です。この確認は、ISO14064-3、ISSA5000に基づく保証業務に該当し、限定的保証水準相当と整理されています。 クレジット利用  カーボン・クレジットの利用については、GHGプロトコルでは排出量インベントリ(実排出量)とは切り離してクレジット無効化分を報告し、実排出量からクレジット無効化分を控除することは認めていません。SHK制度でも、基礎排出量(実排出量)とは別に、調整後排出量の報告においてクレジット無効化分を反映します。調整後排出量は基礎排出量からクレジット分等を控除した値として報告されます。利用可能なクレジット種類には、Jクレジット、国内クレジット、J-VER、グリーンエネルギー二酸化炭素削減相当量認証制度、JCMがあります。制度上、利用するクレジット量に上限は定められていません。報告年度及び翌年の6月までに無効化されたクレジットについて報告することが可能です。GX-ETSでは、排出量実績の算定時にクレジットの利用が可能となっており、実排出量に対する排出枠が不足している場合にクレジットで補填ができる仕組みになっています。GX-ETS上の排出量実績は実排出量からクレジット量を控除した数値として扱われます。利用可能なクレジット種類は、Jクレジット、JCMに限定されています、また、クレジットの利用量には、各年度の排出量(GX-ETSの算定対象排出量)の10%までという上限が定められています。割当年度もしくはその翌年度に無効化したクレジット量が利用可能です。 *1 他人又は自らの旅客又は貨物の輸送を、業として、エネルギーを使用して行っている場合 *2 輸送は一部裾切値あり *3 SHK裾切値:エネ起源CO2:原油換算1500kl/年以上、非エネCO2・CH4・N2O・HFCs・PFCs・SF6・NF3:ガス種類ごとに3,000tCO2e以上であり、事業者全体で常時使用する従業員の数が21人以上)  まとめると、GX-ETSはGHGプロトコルやSHK制度と比べると算定対象範囲は限定的ですが、漏れなく精度の高い算定とクレジットの報告を義務として初めて行っていくことになります。GHGプロトコルに沿った報告やSHK制度の報告とも並行して行っていくこととなり企業にとっては新たな負荷とはなりますが、先述の通り重なる部分も多いため、効率的な算定計画を立てて取り組んでいけるとよいでしょう。GX-ETSは日本のGX戦略の目玉施策の一つであり、実効性のある排出削減を後押しする仕組みとして、うまく軌道に乗っていくことを期待したいです。   出典 経済産業省「排出量取引制度 手続の全体像(セットアップマニュアル)」 https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/ets_setup.pdf 経済産業省「排出量取引制度 届出・排出目標量等算定マニュアル」 https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/ets_todokede.wariate.pdf 経済産業省「排出量取引制度 排出量算定・報告マニュアル」 https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/ets_santeihoukoku.pdf 温室効果ガス排出量算定・報告マニュアル(Ver6.1) (令和8年3月) 環境省_マニュアル・様式 |「温室効果ガス排出量 算定・報告・公表制度」ウェブサイト GHGプロトコル「事業者排出工算定報告基準」 https://ghgprotocol.org/sites/default/files/2022-12/corporaterevised-edition-japanese.pdf GHGプロトコル「企業のバリューチェーン(スコープ3)算定と報告の標準」 Scope3_Guideline.pdf (執筆者:山本) 【ウェイストボックスの関連サービス】 ・組織の排出量把握・情報開示支援|株式会社ウェイストボックス ・サプライヤーエンゲージメント・排出削減|株式会社ウェイストボックス ・アドバイザリーサービス

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